「よみうり回想サロン」記者出前レク

「映画の最盛期には…」「第1回ミス日本は?」~東京・高田馬場で映画ファンに出前レク

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 現役の読売新聞記者が出向き、過去の読売新聞の記事や写真、ニュース動画などを題材に過去を振り返り、脳のトレーニングに役立ててもらおうという「よみうり回想サロン」の出前レクが昨年12月26日、東京・新宿区高田馬場の区民施設で行われました。

「日本映画映像文化振興センター」が開いた回想サロンの出前レク

 映画ファンが集う非営利組織(NPO)「日本映画映像文化振興センター」が開催しました。同センターは、昔の日本映画の制作者や出演者らを幅広く呼んで、名画の思い出などを語ってもらう活動を続けている文化的な団体です。出前レクはスピンオフ企画で、70歳代から80歳代までのメンバーら10人が足を運び、昭和20年代から50年代までを振り返り、自らの記憶を呼び起こして語り合いました。

 司会は、読売新聞クロスメディア部の小坂剛記者がつとめ、回想サロンのDVDを用いながら、自らのプロフィルを紹介したり、映画や社会の出来事についてまとめたパワーポイントを使ったりして、活発に思い出を語ってもらうようにしました。

 昭和30年代の「三人娘」の話題では、当時の日本の映画観賞人口の多さなどにも話が広がり、会場から「私は昭和16年生まれですが、昭和30年代の娯楽といえば、映画か相撲でした。日本映画の最盛期で、2本立て映画をよく見たものです」といった声が上がりました。

 小坂記者が「昭和33年は長嶋茂雄選手が巨人に入団した年です」と話すと、「昭和30年代は本当にいろいろあった時代でした。昭和39年の東京オリンピックにかけて、社会そのものが大きく変わったという思い出があります」という声も出て、うなずく参加者の姿も見られました。

 また、テレビが白黒からカラーに変わったこと、進駐軍の基地からジャズブームが起き、シャンソンも流行したこと、週刊誌ブームが起こり、各出版社が競うように週刊誌を発刊したこと、などが話題に上りました。「昭和40年代には、高度経済成長に伴って就職状況が良くなり、給料も上がりました」と、当時の景気や世相について話す参加者もいました。

 昭和20年代の第1回ミス日本コンテストのクイズを巡っては、当時のニュース動画が会場の注目を集めました。全国各地から集まった美女の姿に嘆息を漏らし、後に大女優となった優勝者の映像を見ながら、「映画でこの方を見て、こんなにきれいな人が世の中にいるのかと思いました。最高のあこがれの人です」という声も聞かれました。ここでは、八頭身美人として一躍スターとなった伊東絹子さんらの名前も出て、さらに盛り上がりました。

 このほか、昭和30年代の若者を引きつけた出来事や、昭和50年代に活躍した冒険家についてのクイズも出題され、会場は終始、笑顔に包まれました。

 読売新聞社は、DVD「よみうり回想サロン・昭和から平成編」を好評販売中です。「昭和20年代編①」「昭和30年代編①」「昭和40年代編①」に続く第4弾です。DVDを使ったベテラン記者の「出前レク」(有料)も受け付けています。問い合わせは、「よみうり回想サロン受付センター」(03・5226・9932)まで。 (下のロゴをクリックすると「よみうり回想サロン」ご案内ページに移動します)

 

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