よみうり回想サロン

正露丸は昔、征露丸だったんです~~町田忍さんの昭和回想インタビュー(下)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
愛機「ニコンF」を手にする町田さん

愛機「ニコンF」を手にする町田さん

 撮影に使うのは49年前に購入したフィルムカメラのニコンF、マイカーのフォルクスワーゲンに乗り続けて47年がたちました。庶民文化研究家の町田忍さん(69)はとても物持ちがいい人です。長く持ち続けていると愛着がわいてきて、捨てられなくなるのだそうです。古くなれば捨ててしまうような給食の献立表や菓子の空き箱もちゃんと整理して取っておくことで、貴重な資料になるし、研究の材料にもなります。古いモノを保存しておくことは、思い出を大切に記憶にとどめておくことに通じるのかもしれません。(クロスメディア部・小坂剛)

集めるのは思い入れのあるもの

 町田さんは中学から大学まで鉄道研究会に所属し、アルバイトでお金をためてカメラを買い、休みには仲間と撮影旅行に行きました。最初は銀塩コンパクトカメラのキャノンデミ、続いてペンタックス。鉄道の撮影に行くと、ニコンの高いカメラを持った人が、一番いい場所を押さえていました。「いつかニコンを」と思ってアルバイトで貯金し、当時、最高級だった「ニコンF」を買いました。

集めたコーラの空き缶は見たこともないものばかり

集めたコーラの空き缶は見たこともないものばかり

小学生の頃、夢中になったプラモデルの空き箱

小学生の頃、夢中になったプラモデルの空き箱

 1970年に買ったカメラですが、丈夫なこともあって、今も使い続けています。その理由をたずねると、「こだわりですかね」と答えた後、しばらく考えて言いました。「お金がなくても貯金して、いいものを買って、大切に使うのが自分の生き方。でも、長く使いすぎました」。デジタルカメラがほとんどとなった今では、フィルム代と現像代で合わせて1本(36枚)で3000円ほどかかるといいます。デジタルカメラを買ったこともありましたが勝手が違い、使い慣れたフィルムカメラにすぐに戻ったそうです。

 部屋の壁、「ゆ」の暖簾のれんをめくると、ペプシとコカ・コーラ以外のコーラの空き缶。棚の中からは、アイスのガリガリ君のパッケージ、牛乳のふた、目黒区立碑(いしぶみ)小学校に通っていたとき夢中になったプラモデルや空き箱も畳んで残してあります。「当時、目黒の西小山にはプラモデル屋が3軒ありました。大ブームでしたから」

 収集するのは、自分が生活の中で使ったもの。お金を出して、古いモノを買い集めることはしないといいます。「自分の歴史、思い出がくっついたものを集めているんです。思い入れがないものを持っていても、面白くないですから」

謎解きの楽しさ

 収集は、謎解きの楽しさをもたらすといいます。例えば薬の「正露丸」。とある町の薬局で、テレビCMでおなじみのものとは違うメーカーとパッケージの「正露丸」を入手しました。全国各地の薬局に足を運んで探したところ、パッケージやメーカーの異なる正露丸は約30種類にのぼったといいます。

正露丸のパッケージもいろいろある

正露丸のパッケージもいろいろある

 正露丸は日露戦争の頃に誕生した薬で、最初はロシアを征伐するための薬という意味から「征露丸」と名付けられました。戦地に赴く兵士が腹痛を抑える薬として携行します。その後、多数のメーカーが同じ名前で腹痛薬を出したことから、1社が独占的に名称を使用することが認められず、多くの「征露丸」や「正露丸」が流通します。町田さんの著書「征露丸とマッカーサー」(芸文社)によると、太平洋戦争の終戦の頃、ロシアを征する意味の「征露丸」では穏やかではないから「正露丸」と書くように、と役所の見解が示されたこともあり、「正露丸」の表記が定着していったそうです。

 「商品パッケージをもとに調べ始めると、いろんなことがわかり、最終的に『征露丸とマッカーサー』という本にまとめることができました」と町田さん。暮らしのなかの発見から研究を重ね、独自の視点で出版した書籍は40冊にもなるといいます。

押し入れや物置の古いモノで回想法

 懐かしい記憶や楽しい思い出を語り、脳に刺激を与える心理療法が回想法ですが、町田さんは、回想法は自宅で簡単にできるといいます。使うのは、家の押し入れや物置に残っている、古いもの。家族や親戚、友人と「これ、なんだろう?」「覚えている」などと話し合えば、いろんな思い出がよみがえってくるはずです。

ジオラマで再現した昔の家と汲み取り屋さん(右)

ジオラマで再現した昔の家と汲み取り屋さん(右)

 汲取券と記憶をもとに描いたイラスト

汲取券と記憶をもとに描いたイラスト

 例えば小学校の給食献立表。町田さんが保管してある昭和35年当時の小学校の献立表には、「クジラ肉のノルウエー風 お浸し ミルク」とあります。「ノルウエー風とあるけど、竜田揚げみたいなものです。当時のミルクは脱脂粉乳でした」

 家にたまたま残っていたものが、貴重な歴史の資料にもなります。町田さんの親の机の引き出しにあった「汲取くみとり券」。「バキュームカーの登場前、汲み取り便所がいっぱいになると、汲取屋さんに糞尿ふんにょうを引き取ってもらうにはタバコ屋さんで売っている汲取券が必要でした」。今では汲み取り便所も珍しくなり、汲取屋さんの存在を知る人はいません。町田さんは知り合いのジオラマ作家と一緒に、取り壊された自宅の様子を再現し、汲取屋さんにも登場してもらいました。

モノと心のバランスがよかった昭和30年代

 「少年時代を過ごした昭和30年代まで、モノを修理して使うとか、大切に使うという感覚がありました」と町田さん。それが、昭和40年代以降の経済成長で急速に豊かになると、古いものを修理して使うよりも新製品に買い替えることが奨励される使い捨て時代が始まります。モノを大切にする感覚は失われます。豊かになりすぎるとありがたみが薄れ、モノを手にしても心の豊かさが感じられなくなっていったのです。

収集した品々が並ぶ自室でなごむ町田さん

収集した品々が並ぶ自室でなごむ町田さん

 インスタントコーヒーの登場は昭和30年代。それまで飲み物といえば、カルピスかサイダー、ラムネぐらいだったから、初めて飲むコーヒーは新鮮でした。親の世代はおしゃれの感覚はなかったが、「メンズクラブ」のようなファッション雑誌が人気となり、おしゃれをすると幸せを感じたといいます。モノが豊かになるにつれて心も豊かになった当時を町田さんは、「モノと心のバランスが一番とれていた時代」と振り返りました。

 モノを大切にすることは、そのモノと過ごした時間をいとおしむこと。モノを捨てることで、思い出まで失われてしまうことがあるのかもしれません。

※「東京五輪サッカー決勝は100円だった~~町田忍さんの昭和回想インタビュー(上)」はこちら

町田 忍(まちだ・しのぶ)1950年、東京都出身。庶民文化研究家、エッセイスト。銭湯や缶ジュースなど100を超える研究テーマを持つ。著書に「マッカーサーと征露丸」(芸文社)、「戦後新聞広告図鑑」(東海教育研究所)、「銭湯 『浮世の垢』も落とす庶民の社交場」(ミネルヴァ書房)など。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

よみうり回想サロン