なつかしスポット巡り

押し寄せる「昭和のデジャブ」・・・横浜・六角橋商店街(横浜・神奈川区)

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 ミナトヨコハマ――。これは、もう死語かもしれません。

 昭和時代の横浜は、異国情緒あふれる景観に、「揺れ動く大人の微妙な心」が投影されるような郷愁の港町でした。「街のあかりがとてもきれいなブルーライト」だったり、「恋人を思い出している女性が、ホテルの小部屋でたそがれ」たり。たくさんの歌謡曲やポップスの舞台にもなりました。

 そんな艶っぽさに加えて、横浜のもう一つの魅力は、「ごみごみした下町の喧騒けんそう」にあふれていたこと。しかも、元町、中華街、伊勢佐木町、馬車道など、それぞれのエリアが「らしさ」を打ち出して、隣近所で張り合いながらお祭りをやっているような、いい意味での落ち着きのなさも、この街ならではの空気だったと記憶しています。

 そんなイメージは昭和の終わりごろに一変しました。「みなとみらい地区」の再開発に伴って、埠頭ふとうをつないだ雄大なベイブリッジが見守り、中心部に高層のホテルやショッピングビルが立ち並ぶ、清潔感いっぱいの機能的な都市が今の横浜です。

 商店街の八百屋さん。時代を感じる2階の看板が泣かせます

商店街の八百屋さん。時代を感じる2階の看板が泣かせます

たくましく生きる個人商店

 六角橋商店街は、東急東横線で横浜から5分の白楽駅前。都心部とは目と鼻の先で、高度成長期前後までは、伊勢佐木町、大口通商店街と並んで、横浜の3大商店街に数えられるほどのにぎわいを誇っていました。

 約300メートルのメインストリート「商店街大通り」と、古色蒼然そうぜんとしたアーケードの「ふれあい通り(旧仲見世通り)」で構成されるコンパクトなエリアです。

 平成の終焉しゅうえんが近い今でも、ここは古き良き昭和の余韻をあちこちに残しながら、誰もが快適に過ごせる街のかたちも模索しています。

 まずはメインストリート。

 「商店街大通り」と大風呂敷を広げていますが、はっきり言って名前負けです。クルマ1台がゆったり通れる程度の一方通行で、それほどの大きな通りではありません。両サイドには昔ながらの個人商店が並び、地元のお年寄りやここにキャンパスがある神奈川大の学生が行き交っています。

メインストリートの商店街大通り。でも、大通りと呼ぶには……

 通り沿いにはチェーン店の中華レストランやコンビニも交じってはいますが、家具屋や仏具屋、それにカメラ屋、水魚店など、ほとんどが昔ながらの個人営業店です。かつてはどの街にも当たり前にあったのに、最近では大型量販店に押され気味の小規模な専門店が、この街でたくましく生き残っているのを見ると、少しほっとします。

 ここで金物や工具などを扱う「矢澤商店」の2代目店主、矢澤照朗さん(86)は、第2次大戦前から店先で街の移り変わりを見つめてきました。

 「終戦直前の横浜大空襲では、この地域に多くの焼夷しょうい弾が落ちて、大きな被害が出ました。でも、戦争が終わると、すぐにバラックのマーケットが復活したんです。それに加えて、商店の前にも戸板を置き、日本軍が残していった靴や雑貨などを並べている商人が現れました。置いておけば、何でもどんどん売れていきましたね」

 その後、戦後の復興から高度成長期にかけ、戦争でバラバラになった人たちが戻ってきて、商店街の活気を取り戻していったと言います。精米店、生活用品店、薬局、装具店、酒屋、ラジオの修理屋、お茶屋、菓子屋……、地元の生活を支えるお店が並んでいく様子は、人々にとって豊かさの実感だったはずです。

 矢澤さんも、「親からもらったお小遣いを握りしめて、焼き芋屋やまんじゅう屋に出向くのが楽しみでしたよ」と当時を懐かしそうに振り返ります。

ディープな昭和が充満するアーケード街

ふれあい通りの入り口付近。中に入る前から辺りの空気が昭和に変わっています

アーケードの中。狭い通路が逆にワクワクさせてくれます

 一方、商店街大通りと並行する薄暗いアーケード街の「ふれあい通り」は、一歩足を踏み入れると、ディープな昭和の空気に包み込まれます。最近では、すっかりレアな存在となった買い物カゴをぶら下げた、エプロン姿の主婦」が、どこからともなく現れそうなムードです。

 幅2メートルもない通路沿いに、高度成長期からそのままの姿で取り残されているような個人商店がびっしり。青果、鮮魚、手芸用品、かばん・ハンドバッグ、ふとん、洋傘・・・・・・、ほとんどのお店は、「空間? アメニティー? 知ったことか!」と言わんばかりの堂々たる密集陳列ぶり。商売の原点を見せつけられる気がします。

 店先で売られる焼き鳥やさつま揚げ、精肉店のコロッケなどが、「子ども時代の歩き食い衝動」を容赦なく刺激してきます。昭和人にとって、この通りを歩くことは、タイムスリップ気分というよりも、デジャブ(既視感)の波状攻撃を受けているようなものです。

 ここでは古き良き街のにぎわいを絶やさないように、様々な取り組みも行っています。

お店が閉まった後ににぎわうドッキリヤミ市

 「ふれあい通り」で定期的に開催される「ドッキリヤミ市場」もその一つ。4月から10月の第3土曜日、お店が閉店した後にフリーマーケットが開かれます。ヤミの市場と言っても、戦後の怪しい露天とは違います。アクセサリーや古着、懐かしい玩具などがぎっしりと並べられ、お酒やつまみなども売られます。あちこちでロックやジャズなどの生演奏も繰り広げられ、このときは若い人たちで大変な盛況となります。

 公園の青空市場のようなフリーマーケットとは違い、六角橋商店街のヤミ市場は、狭くて薄暗いアーケードの中。ここでしか味わえない独特のアングラ感が大勢の人を魅了しているようです。

 そのほか、駐車場スペースに特設リングを設置して行われる「商店街プロレス」、それに六角橋ならではの味覚を楽しめる「おかみさん会うまいもの市」など、ノスタルジックなイベントが定期的に開かれます。

誰もが安心して買い物ができる街

 もう一つ、六角橋商店街の特徴は、「高齢者に優しい街」であること。

みまもり協力店の認定ステッカー

 通り沿いには、オレンジ色のステッカーを貼っているお店が多く目に付きます。厚生労働省の施策の一つである「認知症サポーター養成講座」を受講し、「神奈川区みまもり協力店」に認定されている証明です。

 養成講座では、認知症の知識だけでなく、買い物のときに戸惑いがちなお客さんとのつき合い方や会話など、コミュニケーションの方法を学んでいます。認知症の人が、金額の計算に手こずってレジの前で固まってしまったり、お釣りの処理ができなかったりしても、お店側はイライラしたり、せかしたりはしません。誰もがゆっくりと買い物をすることができます。

 ご多分に漏れず、この街にも高齢化の波は容赦なく押し寄せています。誰もが安心して生活していけるようにと、商店街と神奈川大ボランティア部が共同で受講を推進し、現在では店舗の3分の1以上が認定を受けています。

 六角橋商店街連合会の石原孝一会長は、そんな街づくりについて言います。「お客さんのためだけでなく、自分のためにもなります。それぞれの店主だって高齢化している。誰だって年を取っていくわけですから。認知症が特別なわけではなく、人として普通の姿であると認識できるようにならなければ」

 六角橋商店街には、かつての横浜らしい「艶っぽさ」はありません。ただ、昭和時代には当たり前にあった「その街に住む人のぬくもり」、それに「お祭りをやっているような喧騒」の残りは、間違いなく感じ取ることができます。

(染谷 一)

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