辻仁成「太く長く生きる」(59)「ベルサイユ宮殿の晩餐会」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

「皇太子殿下歓迎ベルサイユ宮殿晩餐会にて。」

 ◇ ◆ ◇  

 先日、皇太子殿下を歓迎するための、マクロン大統領主催のベルサイユ宮殿での晩餐ばんさん会に出席させていただきました。在仏16年になりますが、フランスの大統領に招かれての晩餐会出席はこれで2度目。最初は数年前、オランド大統領が主催したエリゼ宮での晩餐会でした。この時は突然、家の電話が鳴り、若いはきはきとした女性からで、「辻仁成さんですか? オランド大統領主催の晩餐会の招待状をそちらに郵送したい」といきなり切り出されたのです。にわかに信じがたい話なものですから「お嬢さん、どうしてうちの番号を知っているのですか」と疑ってき返したところ、「エリゼ宮はフランス国内に住んでいる人の情報は全て持っているのですよ」と言われ仰天しました。数日後、ポストをのぞくと本当に晩餐会の招待状が届いていたのです。

 ◇ ◆ ◇  

 エリゼ宮はコンコルド広場に近いパリ中心部にあります。想像していた建物よりも割とシックでこぢんまり、といっては失礼ですが派手さよりも質実剛健な感じで、まさに歴史そのものという印象。招かれたのは日仏の文化人それぞれ50人ずつ。行ってみて分かったのですが、それは安倍首相をお迎えしての晩餐会でした。そういえばフランスのフェミナ賞を頂いた直後、東京のフランス大使館でジョスパン首相主催の晩餐会に招かれたことがあります。晩餐会はだいたい結婚式のように主賓テーブルを包囲する格好で各テーブルが並べられております。その時は主賓テーブルに着席させていただき、なんと目の前にジョスパン首相が、お隣が奥様だったのです。お二人は拙著「白仏」のフランス語版を読んでくださっていたそうで、こういう席順になったのだとか。たいへん恐縮してしまいました。エリゼ宮もベルサイユ宮殿での晩餐会もテーブルの配置はだいたい同じ。エリゼ宮での晩餐会の時は隣に三ツ星シェフだったギー・マルタン氏が座り、その後交流が続いています。

 ◇ ◆ ◇  

 今回のベルサイユ宮殿での晩餐会は右が金閣寺のご住職で、左側がパティシエのピエール・エルメ氏でした。実は甘党の私は着席した時にネームプレートにピエール・エルメとあるのを覗き見てほのかに興奮してしまいました。それにしてもベルサイユ宮殿での晩餐会というのはさすがに迫力があります。中身や内容はエリゼ宮での晩餐会とさほど違いませんが、普段、人がなかなか入ることのできない場所での晩餐会ですから、見るものすべてが新鮮と驚きの連続。一番驚かされたのは突然かれた照明。それも夜の道路工事などで使われているような強力な照明器具が運び込まれ、煌々こうこうと部屋をともしたのですから驚きました。つまりあまりに歴史的建造物だからでしょう。そこに普通の照明を入れることができないのかもしれません。それから驚いたのは料理のサービスの仕方。100人のゲストに対して50人くらいの給仕が両手に二皿ずつ持って軍隊のように部屋に突然入って来てはゲストの前にサーブしていくのですから、そのきびきびとした動きや規律正しい配膳の仕方は、なんとも圧巻です。何よりも足並みがそろっていて美しいし手際がいい。呆気あっけにとられるほどの機動ぶりに私は思わず携帯を取り出し撮影したほどでした。そしたらピエールも真似まねをして撮影をしはじめたので、ああ、これはフランス人にとってもなかなか見ることのできない光景なのだな、と思いました。

 ◇ ◆ ◇  

 皇太子殿下のフランス語のスピーチは素晴らしく、同じテーブルの人たちは静かに耳を傾け、何よりその真摯しんしなお人柄に心を打たれているようでした。私はその日締め切りがあったので真っ先に退出をしなければなりませんでした。しかし、宮殿から駐車場までがあまりに遠く、途中で息切れしてしまい、何度か休まないとなりませんでした。月を見上げ、マリー・アントワネットの時代はどうだったのだろう、と考えながら…。きっと、目の前に、ずらりと馬車が並んでいたことでしょう。

 

今日のひとこと。 『皇太子殿下のお人柄、気配りに感銘を受けた晩餐会でした』

辻さんプロフィール写真2016年10月21日WEBマガジン用

辻 仁成(Tsuji Hitonari)
 東京生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞。1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。著作はフランス、ドイツ、スペイン、イタリア、韓国、中国をはじめ各国で翻訳されている。著書に 『太陽待ち』 『サヨナライツカ』 『右岸』 『永遠者』 『クロ工とエンゾー』 『日付変更線』 『息子に贈ることば』『父Monpere』『エッグマン』『立ち直る力』『真夜中の子供』 など多数。新刊に『人生の十か条』(中公新書ラクレ) 。
 ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野でも幅広く活動する。現在は拠点をフランスに置き、創作に取り組む。パリ在住。映画監督・音楽家・ 演出家の時は「つじ じんせい」。
 2016年10月にウェブマガジン「デザインストーリーズ」を開設。デザインと世界で活躍する日本人の物語、生きるヒントを届ける“ライフスタイルマガジン”。辻編集長のインタビューはこちら

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

辻仁成「太く長く生きる」