【特集】睡眠のヒント

世界は睡眠不足に陥っています…米国の睡眠学者 マイケル・ブレウスさん

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 米国睡眠医学会(American Board of Sleep Medicine)が認定する世界で168人の睡眠学者の一人、マイケル・ブレウス博士が8月に来日した。患者への治療、医療者への教育に加え、航空会社、ホテル、寝具メーカーなどへのアドバイス、そして140か国で放送されているテレビ番組のレギュラー出演など多彩な活躍を続けている博士に、世界の睡眠医療と健康の関係について聞いた。

(医療ネットワーク事務局 染谷 一)

睡眠不足と肥満の悪循環

――ここ数年、日本では「食」「運動」に加え、「睡眠」の大切さにも関心が高まってきました。世界での傾向はどうなのでしょうか?

睡眠不足と、肥満や痛みなどとの関係について語るマイケル・ブレウスさん

 世界でも同様です。とくに睡眠と肥満との関係がはっきりしてきたことが大きい。

 人間は睡眠不足に陥ると体内の新陳代謝が悪くなる一方で、食欲は増え、ハイカロリー、高脂肪、高脂質なものを好むようになります。その上、炭水化物や脂質をたくさん摂取すると、質の良い睡眠を促進してくれるホルモンの「セロトニン」、それにストレスホルモンの一種である「コルチゾール」などのバランスが崩れてしまいます。睡眠不足が食生活を乱し、それが再び睡眠を妨げる悪循環に陥るのです。

――やはり肥満への抵抗感が、睡眠への関心につながっているのですね。

 その通りですが、それだけではない。睡眠不足はさまざまな病気の進行を早めることが研究で明らかになってきています。例えば、がん細胞は睡眠不足のときほど、進行、活性化が進んだり、転移が促進されたりすることがわかってきました。化学療法を受けているがん患者さんなどは、睡眠がしっかり取れていると、少ない抗がん剤で効果を得られることがはっきりしてきています。

 また、最近のシカゴ大の研究では、睡眠不足が「痛み、苦痛」と関係していることもわかりました。同じ人が毎日、同じ条件で脚部を氷水につけて、どう感じるかの継続研究を行った結果、睡眠時間が少ないときほど、苦痛を自覚することがはっきりと出ました。日常的な痛みの感じ方も睡眠不足によって変わってくることがわかり、本当に興味深い結果となりました。

 もちろん、睡眠不足が不安やうつなどを誘発することで、精神面でのマイナス要素となることは誰もが自覚していると思います。

――そもそも、良い睡眠とはどのように定義すればいいのでしょうか?

 「目覚めたときにしっかりとリフレッシュしている」「活動的になれて、肉体的にも精神的にも疲れを感じない」のであれば、良い睡眠が取れていると判断できます。もちろん、カフェインに頼ったりしないことも大切です。

――睡眠の質を数値化できるようになるのは、まだ先の話なのでしょうか? 脈拍や血圧などのようにデータ化ができれば客観的な評価ができると思いますが。

 個人差があるので睡眠時間など単独のデータでは難しいですが、血圧などとの相関関係で数値化することなら可能です。 

日本は世界屈指の睡眠不足大国

 ――日本が「世界屈指の睡眠不足大国」と呼ばれていることはご存じですか?

 いろいろな研究データでそれは明らかですね。日本人の半数は毎晩十分な睡眠が取れていないし、25%が午前0時までに就寝できていない。さらに、15%の人が不眠症を自覚している。どれも米国よりもかなり高い数値なのです。

 ある製薬会社と仕事をしたときに、日本は米国に次いで世界2位の睡眠薬市場だと聞いて驚いたこともあります。

――世界2位の市場とは驚きでした。薬剤依存や副作用の恐れもあるので、睡眠薬の使用は慎重にすべきと聞いたことがあります。とはいえ、しっかり眠ることの大切さも理解できますので、睡眠薬については判断は難しいですね。

 どのように睡眠薬を使うかが重要です。

 私の場合、ひどい不眠症がある患者さんに対して、悪いサイクルから抜け出すために、ゆっくりと時間をかけて薬を使うことがあります。症状の深刻さに応じて、30日、60日、90日とじっくり時間をかけて、正しい睡眠サイクルに近づけていくようにします。やがて効果が出たら、再び時間をかけて、今度は薬から離脱するような治療を行います。依存症や副作用を回避しやすくなるだけでなく、患者さんが質の高い睡眠を取るためのコツを自分自身でつかめることもあります。

――うまく付き合えば、睡眠薬は悪者ではない……。

 その通り。だけど、薬の種類にもよりますね。以前から多く使われてきたベンゾジアゼピン系の睡眠薬は入眠効果が高い一方、急に使用を中断すると再び眠れなくなるなど、肉体的に依存してしまう危険が大きい。新しいタイプの非ベンゾジアゼピン系の薬なら、肉体的に依存してしまう危険は軽減されていますが、精神的に依存してしまう可能性があります。医療側は、患者さんの性格や生活スタイルなどをしっかりと見極める必要があります。

――睡眠障害にはいくつかのパターンがあると思います。「心身ともに疲れているのに眠れない」という深刻な不眠症から、「なんとなく寝つきが悪い程度」の人もいます。「疾病としての睡眠障害」を裏付ける基準はあるのですか?

 毎日、寝入るのに30分以上かかったり、一晩のうちに30分以上目が覚める時間があったりすると睡眠障害を疑います。この症状が1か月に3週間以上あり、3か月以上継続すると、いわゆる疾病として認識されます。米国では10%ぐらいの人がこれに当てはまっていますが、日本はそれより少し多くて15%にも及びます。それに加えて、「質のいい睡眠が取れていない」と自覚している人が25~30%もいる。やはり多くの日本人が睡眠に問題を抱えていることは明らかですね。

――最近は中高生の睡眠不足も深刻になってきています。その原因として、スマートフォンの影響を指摘する人も少なくありません。

「子どもの睡眠不足は、日本だけではなく、多くの先進国が抱えている問題です」

 確かに。日本だけではなく、多くの先進国が同じ問題を抱えています。

 まず、スマホやパソコンが放出するブルーライトの影響があります。これは、目の中で光を受容する細胞「メラノプシン」を刺激して、メラトニンを出にくくしてしまいます。メラトニンは夜になると分泌が増えて、眠気を誘発するホルモンです。結果的に目がさえて、入眠を妨げる結果になる。

 そもそも、子どもたちの睡眠サイクルは、時代とともに「夜更かし、朝寝坊」の傾向になってきている。スマホの存在がそれに拍車をかけていることは間違いありません。

 ブルーライトのような物質的な影響だけでなく、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など参加型のメディアが身近になってきたことも大きいです。スマホのゲームなども、自分一人で楽しむものから、ネットを通じた複数の参加者が一緒にやるものが主流になりつつあるし、SNSなどでメッセージを発信したり、受け取ったりをしているうちに、夜でも頭はさえ、行動がアクティブになってしまいます。かつての子どもたちが夢中になったテレビは双方向性ではなく、受動的なメディアでしたよね。

――ただ、スマホやパソコンでのコミュニケーションは社会的なインフラでもあり、子どもたちの使用をストップさせることは現実的ではありません。

 確かに難しい問題です。子どもたちは宿題にもパソコンを使うようになっていますからね。私にはティーンエイジャーの子どもが2人いますが、ブルーライトをブロックする眼鏡を買い与えてあります。夜8時以降は常にこれをかけてパソコンやテレビ、スマホを使うことを家庭内のルールにしています。

――なるほど、ブルーライトの影響は軽減できますね。では、SNSなどについてはどうでしょうか。そちらを利用するための特別なルールは設けているのですか?

 寝る1時間前からはSNSはもちろん、スマホそのものをオフにするように指導しています。それでも子どもたちは自分たちの部屋でスマホを触ったりすることもある。そんな場合は、自宅のWi‐Fi(ワイファイ)を切って、通信を遮断してしまうようにしています。

――お子さんたちは納得していますか?

 ハッピーではないでしょうね。理解はしているだろうけど、喜んで従っているわけではないです(笑)。

快適な眠りに向けたクルーズ客船での試み

――今回は、クルーズ客船のベッド開発を主導されて、そのプロモーションでアジア諸国を歴訪されているそうですね。

 今回の仕事をしたプリンセス・クルーズは世界最大のプレミアムクルーズラインとして知られる米国企業です。同社から「私のアドバイスをすべて取り入れた客室用の新しいベッドを作りたい」とのオファーを受けたのです。そこで6か月以上もかけて、材質やデザイン、効果などを検討して開発しました。

 普通のベッドは、マットレスのコイルはつながっています。だから、どこかに圧力がかかると、ベッド全体が影響を受ける。今回使用したコイルは、完全に一つずつが独立したものです。だから、ピンポイントで圧力を受けても背中や足腰などの凹凸に合わせて、快適な姿勢を保ってくれます。

 さらに、マットレスの枕を置く部分に、ピロートップと呼ばれる着脱可能な5センチほどのカバーを取り付けました。好みで枕の沈み込み具合を調節できます。仰向あおむけに眠ることが多い人、横向きが多い人の両方に合わせて枕を選択できる工夫もしています。

 今回は「客船での快適な睡眠」がテーマだったので、ベッドだけでなく、アイマスクや耳栓などにもこだわり、ラベンダーを使ったアロマセラピーなども取り入れて、総合的にプロデュースをさせてもらいました。客室内のテレビでは、睡眠についての疑問などに私が答えるビデオプログラムもセットしていますので、家庭に戻っても応用できるように工夫しています。

 睡眠は人間の視覚、聴覚、嗅覚など、人間の五感と密接にかかわっていますので、それをすべて意識した睡眠環境を整える試みです。

――本当に活動の幅が広いですね。

 週のうち1日は患者さんの治療、2日は医療者への教育やメディア出演をこなし、残りの2日は企業のコンサルタントなどをやっています。忙しい毎日ですが、しっかりと眠っていますよ(笑)。

 

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