辻仁成「太く長く生きる」(54)「ネオ・ジャポニスム」

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「中村江里子さんはパリに溶けこんで生きる素晴らしいお母さんであり、主婦であり、マダムであり、ひとりの日本女性でした。二人で司会したNHKの番組は9月にNHK・BSで放送されます。」

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 今年は日仏友好160周年ということでフランスにおける日本年、ジャポニスムイベントが各地で計画されている。この7月から来年の2月くらいまで日本イベントが目白押しで、私も10月4日にパリ日本文化会館にてコンサートをやらせていただく。(https://www.mcjp.fr/ja/agenda/jinsei-tsuji)

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 フランス人の作家やミュージシャンにも登壇いただき、お互いの小説の朗読やお互いの国の懐かしい流行歌を歌ったり、日仏の文化企画を考案中である。思えば、1867年に開かれた第2回パリ万国博覧会には江戸幕府、薩摩藩、佐賀藩などがそれぞれ出品した。日本の出品がパリの美術界、特に印象派絵画に与えた影響は大きく、それはジャポニスム運動へとつながった。当時のジャポニスムは今どうなったのか、気になるところである。

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 先日、NHK・BSの特番のために私は漫画がフランスに与えた影響についてレポートすることになった。浮世絵と漫画を見事に取り入れたイラストレーターの出現は自然の流れと理解できたが、パリの街角を席巻するBENTOブーム、音を立ててラーメンをすするフランス人の登場などには漫画の影響が色濃く反映されており、正直驚かされた。フランスの若い世代は漫画を通して日本人の生き方にまで精通してきたということか。漫画NARUTOの主人公がラーメンをすするのを「かっこいい」と思うようになり、真似まねたフランスの若者たち。漫画の主人公に憧れてパリに弁当屋を開業したフランス人たち、と挙げれば枚挙にいとまがない。

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 パリで生活し始めて15年以上の歳月が流れたが、フランス人ほど日本のことをよく知っている外国人はいない。文学、音楽、建築、生け花に書道、古武道、舞踏、演劇と日本の文化に触れたい人たちの数は、もしかするとフランスかぶれの日本人よりもずっと多いのかもしれない。それもあらゆる世代を通して、老若男女、日本ファンが存在する。30年前、あるいは20年前、まだ日本人は誤解されていたのではないか、と思う。けれど現代、私たちがフランスのことを知るレベルと同程度に彼らは日本、もしくは日本人のことをよく理解している。是枝監督がカンヌ映画祭でパルムドールをとり、ルマンで日本車が初優勝したり、この層の厚さはある意味、盤石かもしれない。

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 もしも仮に現代のジャポニスムをネオ・ジャポニスムと呼ぶのであれば、この運動も日本のアーティストの長年による個人の努力、もしくは企業努力の賜物たまものであろう。パリにも、いや世界中に、日本の文化を伝えようと頑張っている有名無名問わず大勢の日本人がいる。この人たちは全てが全て国や財団や誰かの支援を受けて海外で頑張ってきたわけではない。外に出て自分の表現を、作品を、味を、商品を届けたいという個人的エネルギーに突き動かされての進出である。そして、その一人一人にはなにがしかの日本文化の歴史や伝統の影が付きまとっている。

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 30年前、無名の舞踏ダンサーがポンピドーセンター前で踊っている場に遭遇したことがあった。ゴミ袋をまとった子宮回帰の舞であった。見ていたのは私を含めわずかに数人だったが、終わると全員が真剣に拍手をして彼女を取り囲んだ。こういう小さな運動が今もジャポニスムを動かしているということを忘れてはならない。日本とかフランスとか、そういう国単位の運動ではなく、小さな人間の表現活動の連なりが今、再び、日本ブームを巻き起こそうとしている。

 

今日のひとこと。 『10月にパリでお会いしましょう』

辻さんプロフィール写真2016年10月21日WEBマガジン用

辻 仁成(Tsuji Hitonari)
 東京生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞。1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。著作はフランス、ドイツ、スペイン、イタリア、韓国、中国をはじめ各国で翻訳されている。著書に『太陽待ち』『サヨナライツカ』『右岸』『永遠者』『クロエとエンゾー』『日付変更線』『息子に贈ることば』『パリのムスコめし』『50代のロッカーが毎朝せっせとお弁当作ってるってかっこ悪いことかもしれないけれど』『父 Mon Père』『エッグマン』など多数。近著に『立ち直る力』(光文社)。
 ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野でも幅広く活動する。現在は拠点をフランスに置き、創作に取り組む。パリ在住。映画監督・音楽家・ 演出家の時は「つじ じんせい」。

 2016年10月にウェブマガジン「デザインストーリーズ」を開設。デザインと世界で活躍する日本人の物語、生きるヒントを届ける“ライフスタイルマガジン”。辻編集長のインタビューはこちら

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