回想の現場
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昔の体験をみんなで共有…愛知・高浜安立荘
名古屋市の約40キロ南、愛知県高浜市にある「高浜安立荘」には、ちゃぶ台や駄菓子屋といった昭和20~30年代に戻れるコーナーが、あちこちに設けられています。黒電話など当時の日用品は1000点以上あります。こうした空間は、入所者や利用者が思い出にひたり、職員と交流する場になっているのです。
高齢者が「押しずし」の先生に変身!
5月下旬のある日、介護福祉士の徳田加奈さん(31)は、デイサービスに集まった80~90歳代の女性4人と談笑中でした。「昔の懐かしい品を出します」。机に置かれた5段重ねの木箱を見て、一人が「今も作っている」「ひ孫が食べたがる」と話しました。
「何を作るんですか?」
「おすし」
「ここにご飯を入れて、上に魚やエビを並べて作るの。押しずし」
「押さえておかんと、バラバラになる」
「具は、こんな感じに載せる」
「年配の人はみんな知っている」
「お祭りやお祝い事のときに、みんなで作った」
高齢の利用者はたちまち「先生」になり、徳田さんは聞き役に。話はどんどん広がっていきます。
しばらくして、徳田さんは、あまり発言しない女性に気づきました。
「九州では、ありましたか?」
「そういうのはあったけど、私の所は作ったことない」
「押して食べる原理は同じ?」
「一緒、一緒」
押しずしの話題がひと段落した頃、一人が隅に置かれた足踏みミシンを見つけ、「ああいうミシンがあったのよ」。別の女性は「タイミング良く踏まないと、針が反対に回ってポキンと折れる」と語りました。
あっという間に1時間が過ぎました。
高浜安立荘は、認知症の進行の抑制に役立つとされる回想法を約10年前からケアに取り入れています。施設の一部を改修し、昭和20年代の居間や土間などを再現。屋外には、実際にご飯などが炊けるかまどを造りました。
入所者らが行き交う廊下のそばには、駄菓子屋の店頭や屋台などを復元し、施設内を移動するときも目で懐かしんだり、触れたりできるよう工夫されています。デイサービスでは毎日、回想法を実施しています。
弾む会話が自立に結びつく
介護の現場では、高齢者は職員から歩行やトイレなどの介助を受けることが多く、気持ちも受け身になりがちです。「世話をかけてごめんね」と言う人もいます。生きた時代が違うため、職員との間に共通する話題も多くはありません。
回想法の導入で、「若い私たちが知らない古い道具の使い方を尋ねると、高齢者は生き生きと丁寧に教えてくれます」と語る徳田さん。自分たちの経験を若い人に伝えるという役割を持つことで、自信が湧いているとみられます。
施設内でデイサービスセンター所長を務める中村範親さん(53)は、回想法の効果について、こう話しています。
「高齢者が進んで話すことにより、行動にも積極性が生まれます。頑張ってきた過去を思い出し、生活上できることは自分でやるという意識が高まり、自立につながります」
高齢者と職員の絆を回想で強める
回想法を通じて、それぞれの人の生活歴や関心事も見えてきます。得られた情報を職員たちは共有し、普段の会話に生かしています。不安のためか、建物内を歩き回っていた高齢者に気づいた職員は、回想法で本人が話していた内容を聞くと、とたんに表情が穏やかになったこともありました。
5月の回想法で「木箱で押しずしを作りたい」という声が相次ぎました。徳田さんたちは今後のレクリエーションで行う計画を練っています。高齢者が昔を思い出しながら手を動かす機会を作ることで、力をさらに引き出せると考えています。
(米山 粛彦)
高浜安立荘
社会福祉法人「昭徳会」(本部・名古屋市)が運営。特別養護老人ホーム、デイサービスセンター、居宅介護支援事業所などを併設する。社会貢献活動の一環として、住民と連携した市民団体「昭和で元気になる会」をつくり、集会所などで運動や回想法のイベントを開いたり、住民の集まりに呼ばれて回想法を実施したりしている。
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