回想の現場

五感への刺激で呼び覚ます子どもの頃…横浜相原病院

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 昔の記事やニュース映像を盛り込んだDVD「よみうり回想サロン」を使ったレクリエーションが5月末、横浜市の横浜相原病院の通所リハビリテーション施設で行われました。市内の70~90歳代の男女11人が集まり、スタッフが用意した駄菓子を味わいながら、子どもの頃に思いをはせました。 

思い出を語り合う参加者。宮下さん(奥)は、DVDのガイドブックや教科書などを調べて書き込んだメモを手にレクリエーションを進めた

「ワンマン道路」の逸話に病院職員もビックリ

 DVDには昭和20年代のトピックがそろっています。

 上映したスクリーンに男性の写真が現れ、「『ワンマン宰相』と呼ばれた、この政治家はだれ?」というクイズの音声が流れると、「吉田茂!」と参加の男性が答えました。

 吉田氏は、終戦直後の昭和21年(1946年)、首相に就任しました。当時、アメリカをはじめとする連合軍の占領下にあった日本の独立に向けて尽力し、途中退任したものの、昭和29年(1954年)まで計約7年にわたり、トップに立ち続けた政治家です。

 参加者の口からは、「(私邸があった神奈川県内の)大磯と東京の間を、時間をかけずに通うため、道路を造らせてしまった」という話が出ました。「開かずの踏切」と言われた横浜市内の踏切を迂回(うかいするため、バイパスの建設を急がせたとされる「ワンマン道路」のエピソードです。若いスタッフは「へぇー!」と驚いていました。

 進行役を担った作業療法士の宮下征久(ゆきひささん(24)は、「(現在、副総理兼財務相を務める)麻生太郎さんの祖父が吉田茂さん。吉田さんの祖父は(明治維新で活躍した)大久保利通さんです。3人は親族関係にあります」と話を付け足しました。

 平成生まれの宮下さんは「昭和20年代の人は自分にとっては歴史上の人物」と感じ、レクリエーションの前の数日間、インターネットや高校の教科書で参加者に興味を持ってもらえそうな情報を集めていたそうです。

進行役がナレーションの言葉を繰り返す

 参加者の中には目や耳が不自由な人もいたため、宮下さんはDVDの音声が流れた後、ナレーションの言葉を繰り返し読み上げました。また、口数の少ない参加者が話せるように、時々、マイクを近くに持っていきました。

参加者のそばには、ピンクと青のユニホームを着た介護福祉士、作業療法士らスタッフが座った。DVDの音声内容を耳元で伝えたり、マイクを向けたりした

 机には、ポン菓子、フーセンガム、梅ジャムがついたせんべい、ラムネが置かれ、参加者は昔ながらの味や香りを楽しみました。「五感を刺激し、記憶を呼び起こしてもらいたい」(介護福祉士の大塚(あきらさん)というスタッフの心配りです。

 小学校の頃の食事が話題に上ると、「麦ばかりのご飯が嫌だった」「弁当に餅を持っていった」などと発言が続きました。水泳に話が移り、「よく池で泳ぎ、母から『目が真っ赤じゃない。体に良くないからやめなさい』と叱られた。でも、池での練習のおかげで、プールで上手に泳げた」と男性は胸を張りました。

 参加した女性は「ほかの人の話を聞き、忘れていたことを思い出した」と喜んでいました。大塚さんは「初めて聞く話も多かった。今回のレクリエーションで聞いたことは、普段のリハビリでの会話に生かせる」と話してくれました。(米山 粛彦)

 

横浜相原病院
1993年に開院。378床で、診療科目は精神科、心療内科、内科を掲げる。院長の吉田勝明医師が通所リハビリテーション施設を担当する。

◇◇◇

 読売新聞社は、DVD「よみうり回想サロン・昭和20年代編①」を6月に発売しました。このDVDを使ったレクリエーションを行うベテラン記者の派遣も有料で受け付けています(下のロゴをクリックすると「よみうり回想サロン」ご案内ページに移動します)。

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