辻仁成「太く長く生きる」(42)「チーム自分」

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辻38回目写真

「よみうり大手町ホールで公演、舞台『99才まで生きたあかんぼう』は3/4まで!」

 

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 相変わらず自殺のニュースが多いですね。私も死にたいと思ったことはあります。シングルファーザーになって以降は、そう思う瞬間が幾度かありました。

 ◇ ◆ ◇  

 ある夜のことです。子供が寝た後、キッチンでいつものように晩酌をしておりました。普段よりやや多めのお酒を飲んでいたと思います。だからか、「死にたい」と思わず言葉が飛び出したのです。もちろん、死ぬ気もないくせに……。次の瞬間、ふいに心臓がペキッと音をたてたのです。わずかですが、いやな痛みが胸を駆け抜けました。思わず自分の心臓のあたりを手で押さえましたところ、ドクッドクッ、と心音を感じたのです。普段、気にもしないで暮らしておりましたが、明らかに、そこに心臓が存在しております。驚き、しばらくその鼓動を感じておりました。この私の心臓は、私がおぎゃ~と泣いて生まれた時よりずっとこうして動き続けておるのです。しかも、驚くべきことに一度も休むことなく、私がぐうたらしている時にも、運動している時にも、寝ている間も、死にたいと悩んでいる時でさえ、ずっと休まず動き続けているのです。私はハタと気が付きました。「自分のために休まず働き続けているこの心臓に対して、死にたいなどという弱音を吐くのは失礼じゃないか」と。そして私は恥じ入ったのです。思えば、自分と言いますけど、肉体、心、魂など、私という存在はいくつかの重要な要素で構成されております。ものといえるのは肉体だけですが、もっと言えば、精神や意思などもその概念の一部かもしれません。自分というのは一人ですけど、この自分はいくつかの自分で形成されているのです。肉体の中にも心臓や肺や脳や肝臓など、とても重要な部位がありまして、心臓のように自己意識下では動かすことができない不随意筋ふずいいきんもあります。不随意筋には心筋のほかに、平滑筋へいかつきんと呼ばれる胃腸などの筋肉があります。死にたいと思ってもその意思とは無関係に動き続けるもう一人の自分。つまり、考え方によっては、不随意筋はもう一人の私なのです。不随意だけに何か人間を超えた天の力を感じざるを得ません。

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 「死にたい」と思う私は様々な自分の部分や構成要素で形成されているわけです。ですので、私は「チーム自分」と呼ぶようになりました。最近は、死にたいと思うとき、「ちょっと待て、それはチームに対して失礼だろう」と自己批判することにしています。「死にたい」と思っているのは自分の「脳」や自分の「意思」など一部に過ぎない。国連と一緒でそのほかの部位や要素にもそれを拒否する資格があります。心臓がペキッと音をたてたのは、働きすぎる私への警告でした。急いで医者に行きました。そして、医師は「働き過ぎです。時差のせいもあるでしょう。無理をされないでください」とおっしゃられました。無理をして自分を酷使させているから心臓が小さな抗議をしたのです。死なないために、大事に生きなさい、ともう一人の自分、しかも普段は意思とは無縁に生きている不随意な部署からの警告でした。

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 その後、私は晩酌をチーム自分とすることになりました。それぞれの肉体のことを思い、自分の心や精神や魂にも耳を傾けています。一丸となって自分を動かしていこう、と考える時、そこに健康が見える気がします。さ、今日もよく生きました。ベッドに潜り込み、まずは自分に「おつかれさま」を言います。きっと明日はまた頑張れそうです。不随意筋たちには申し訳ないのですが、一足お先に休ませていただきます。

今日のひとこと。 『ありがとう、不随意筋』

辻さんプロフィール写真2016年10月21日WEBマガジン用

辻 仁成(Tsuji Hitonari)
 東京生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞。1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。著作はフランス、ドイツ、スペイン、イタリア、韓国、中国をはじめ各国で翻訳されている。著書に『太陽待ち』『サヨナライツカ』『右岸』『永遠者』『クロエとエンゾー』『日付変更線』『息子に贈ることば』『パリのムスコめし』『50代のロッカーが毎朝せっせとお弁当作ってるってかっこ悪いことかもしれないけれど』『父 Mon Père』など多数。近著に『エッグマン』(朝日新聞出版)。
 ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野でも幅広く活動する。現在は拠点をフランスに置き、創作に取り組む。パリ在住。映画監督・音楽家・ 演出家の時は「つじ じんせい」。

 2016年10月にウェブマガジン「デザインストーリーズ」を開設。デザインと世界で活躍する日本人の物語、生きるヒントを届ける“ライフスタイルマガジン”。辻編集長のインタビューはこちら

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