辻仁成「太く長く生きる」(39)「フランスの保護者面接」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

辻38回目写真

「面談の日は親たちと子供たちが交差する。」

 

 ◇ ◆ ◇  

 今日は息子の中学の保護者面接の日でした。うちの息子は中学3年生(日本の中2です)、大学入試資格(バカロレア)を得る受験に向けてぐんと大変になる年です。中学2年生までは小学校の延長のような感じでしたが、中学3年生になった途端に宿題が倍増、それをこなすだけで子供たちは精いっぱいとなります。ついていけない子たちが出始める学年かもしれません。宿題が終わるのが毎晩、深夜0時。翌日の7時には起きて学校へ行くので、遊ぶ暇もありません。

 ◇ ◆ ◇  

 フランスの保護者面談というのは、まず学校側からどの先生と面接したいかという連絡が届きます。ちなみにすべての連絡は、通知表なども含め、アプリで管理されています。保護者面談で面会を希望する先生をアプリで選び通達すると、先方から面接可能な先生が指定されてきます。もちろん、成績の悪い科目の先生との面接を希望しました。今回はその中から3人の先生と面会することになったのです。指定の時間に指定の教室へ赴きますと、先生が待っているという仕組みです。

 同じような親たちが学校内を慌しく移動しています。何人かの馴染なじみの親御さんに声をかけられました。みんな知った顔です。少しほっとしました。

 ◇ ◆ ◇  

 ところでここはフランスですから、もちろん保護者面談もフランス語で行われます。告白しますが、在仏15年にもなるにもかかわらず、私はフランス語をまともにしゃべることができません。お恥ずかしい限りですが、片言のフランス語でのやりとりとなります。先生たちも分かってくださっているので、優しいフランス語で話しかけてくれるのですが、それにしても教育用語というのは本当に難しい。なんとなく理解したでは許されないので、一年の学校行事の中でも保護者面談が一番胃が痛むわけです。どの親御さんも、みなさん、ちょっと引き締まった顔をされています。フランス人でさえも緊張する保護者面談、私の緊張もご想像いただけるかと思います。

 ◇ ◆ ◇  

 さて、面談ですが、結論からいいますと、大きな問題はありませんでした。「彼はまじめに頑張っているから心配はいらない」と先生方が口をそろえておっしゃってくださいました。「彼はこの学校にものすごく馴染んでいます。この学校の代表というくらいの信頼を得ていますから、安心してください」と担任の先生に太鼓判を押されました。やれやれ、一安心です。

 ◇ ◆ ◇  

 面談が終わり、教室を出ると、なんと廊下でばったり息子と出くわしてしまいました。私の顔を見つけるなり、息子がニヤッと笑ったのです。学校内でこうやって遭遇したのははじめてのことでしたから、こちらも驚きました。その時、担任の先生の言葉が脳裏によみがえりました。そうか、ここは彼の世界なのです。息子がずっと生きてきた世界。彼は幼稚園からこの学校に通っている、一番の古株です。先輩も後輩もクラスメートたちも全員が彼の存在を知っている。だから、私は親御さんらに声をかけられたわけです。古株の親ですからね。そして、目の前に立っている息子はこの学校の仲間や先生たちから信頼を集めているというわけです。

 ◇ ◆ ◇  

 「パパ、今日はエチュード(補習授業)があるから、帰りは7時くらいになるよ」

 そう口早に言い残すと、息子は仲間たちと合流し、階段を上って行きました。よく外国の学園ものドラマなんかでみるような光景、そして息子は必ずわき役で出てくる日系人みたいな風貌をしていました。白人の子たちの中でなんとなく目立つ個性的な存在。誰かが息子に肩を回しました。息子はポケットに手を突っ込んだまま動じません。古株なんだな、と思うとうれしくなりました。

 ◇ ◆ ◇  

 私は帰り道、思わず、路上でガッツポーズを決めました。人生には、自分がどんなに頑張ってもどうにもならないことがあります。自分だけが大変じゃない、息子はもっと頑張っているのだと分かり、嬉しかったのです。苦手だった保護者面談ですが、今日は素晴らしい日となりました。親バカな話ですが、来年の保護者面談が待ち遠しくてなりません。

今日のひとこと。 『子供には子供が生きる世界がある』

辻さんプロフィール写真2016年10月21日WEBマガジン用

辻 仁成(Tsuji Hitonari)
 東京生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞。1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。著作はフランス、ドイツ、スペイン、イタリア、韓国、中国をはじめ各国で翻訳されている。著書に『太陽待ち』『サヨナライツカ』『右岸』『永遠者』『クロエとエンゾー』『日付変更線』『息子に贈ることば』『パリのムスコめし』『50代のロッカーが毎朝せっせとお弁当作ってるってかっこ悪いことかもしれないけれど』『父 Mon Père』など多数。近著に『エッグマン』(朝日新聞出版)。
 ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野でも幅広く活動する。現在は拠点をフランスに置き、創作に取り組む。パリ在住。映画監督・音楽家・ 演出家の時は「つじ じんせい」。

 2016年10月にウェブマガジン「デザインストーリーズ」を開設。デザインと世界で活躍する日本人の物語、生きるヒントを届ける“ライフスタイルマガジン”。辻編集長のインタビューはこちら

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

辻仁成「太く長く生きる」