【特集】睡眠のヒント

<子どもの眠りを守る>(2)就学前の幼児が昼寝をやめたら……

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 眠りの質が違う、保育園児と幼稚園児

睡眠2回目保育園1 時計の針が午後1時半を指すと「あやせ保育園」(東京都足立区)には、静と動の「二つの時間」が流れ始める。ある部屋では、「午後のお昼寝タイム」に入った子どもたちがズラリと並んで、気持ちよさそうな寝息をたてている。壁一枚で隔てられた隣の部屋では、元気にはしゃぐ子どもたちの声――。

 どちらの部屋に入っても、子どもたちの無邪気な姿にほっこりと癒やされる。とはいえ、あまりにも対照的な雰囲気のため、「本当に同じ保育園内?」と感じてしまうほどだ=写真=。

 足立区は2011年4月、保育園における5歳児の「午睡の取りやめ」を行政の方針として決め、区立の保育園、こども園、合わせて34園すべてで一斉にスタートさせた。 眠そうだったり、昼寝をしたがったりする子どもには従来通りの寝かしつけを行うなど、一人一人の様子は見極めるが、それまでは当たり前だった習慣はなくなった。あやせ保育園で、はしゃいでいたのは、ほとんどが5歳児だった。秋の運動会が終わると、5歳児に加えて4歳児にも午睡の一斉寝かしつけをしなくなる。

 足立区以外、ほとんどの保育園には、現在でも「昼寝の時間」がある。理由は明白だ。

 保育時間が短く、 午後になると園児が帰宅する幼稚園とは違い、保育園は子どもたちの滞在時間が長い。保護者の迎えが遅くなる家庭も少なくないため、育ち盛りの子どもたちにしっかりと睡眠時間を確保してあげようと、昼寝をさせることは、いわば「当然の習慣」であり、「保育園の常識」だった。

 にもかかわらず、足立区が「常識」から離れ、逆方向へと進み始めた理由は、昼寝が子どもの睡眠リズムを乱す可能性があるからだ。

福田一彦さん

福田一彦さん

 江戸川大社会学部人間心理学科教授で睡眠研究所長の福田一彦さんは、「就学前の子どもにとって重要なのは、睡眠時間の長さだけではなく、きちんとした睡眠のリズムを作り出してあげること」と前置きしながら、昼寝習慣のある保育園児と、習慣がない幼稚園児の比較で説明する。

 「幼稚園児に比べ、昼間に一度眠っている保育園児は、夜更かしをする割合が高いことがわかっています。その結果、睡眠のリズムが悪くなり、夜の睡眠時間が減ることで、幼稚園児に比べて朝の機嫌が悪かったり、登園を渋ったり、夜の寝つきが悪くなったりと、悪い循環が出やすくなっています」

 子どもの睡眠は、年齢とともにリズムができあがっていく。生後すぐの赤ちゃんは、2~3時間程度の周期で寝起きを繰り返すが、3か月目ぐらいになると24時間の生活リズムができ始め、半年から1年ぐらいの間には、夜にまとまって眠れるようになる。その後、2歳以降になると昼寝がどんどん減っていき、3歳児の70%は習慣的な寝かしつけをしなければ昼寝をしなくなるという。

 小学校に入るまでには、ほとんどの子どもは昼寝をしなくなる。つまり、乳児期から就学までの過渡期に当たる3~6歳の睡眠リズムをどう考えるかだ。

  間もなく小学校に入ろうという5歳の子どもを、個人差を考えずに一律に昼寝させるという不合理 ――。そう考えると、足立区の方針はストンとに落ちる。

 午後の授業中に眠くなる小学生が減った

 福田さんの主張は、後に足立区で取られたデータによって裏付けられた。

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福田一彦・浅倉章一「幼児期の昼間睡眠の発達」(日本睡眠学会2013)

 保育園で、午後の寝かしつけを行っていた2010年と取りやめた2011年の園児2200人あまりを比較したグラフが図上。起床時刻にはまったく変化がないのに、就寝時刻が早まっていることがはっきりしている。さらに「寝るときの様子」でも1000人以上に聞き取り調査をした結果、昼寝を取りやめた後には「自主的に寝る」の比率が大きく高まり、「寝つき」についても「とても良い」の割合が2倍になった=図下。

 区立保育園の午睡の取りやめを推進した、足立区の学力定着対策室就学前教育推進課の小室晃課長はこう話す。

 「以前から、本当に眠くない子どもを無理やり横にさせる意味があるのだろうかとの疑問はありました」と、発想の原点について話す。「足立区では、小中校生の学力向上にも力をいれていますが、区内の小学校の先生から『午後の授業中に眠くなる子が減った』という声が聞かれました。区立保育園出身者は小学生の2割なので、影響は限定的かもしれないが、そういう声が出ていることは励みになります」

  あやせ保育園の久米純子園長も、「子どもたちは土日には昼寝をしていないのに、眠くない子どもも含めて、以前は全員が寝かされていました。習慣だから寝かせるのではなく、子どもの睡眠はどうあるべきかについて、1日24時間の中で考えていくべきだと思います」と言う。

  たっぷり昼寝をした休日、その夜に寝つきが悪くなった経験は大人にもあるはず。昼寝をすることで「夜にしっかり眠る」という睡眠リズムは乱れるのだ。

 子どもが自然にクールダウンをするようになる

  ただし、一律に昼寝をなくすことで、保育園で働く保育士には負担がかかる。

 ギリギリの人員で現場を見ており、仕事中、園児から目を離すことができない多忙な保育士にとって、子どもの昼寝の時間に連絡帳を書いたり、交代で食事をしたり、つかの間の休息を取ったりする貴重な時間にもなっていた。新たな負担が増えることには現場からの疑問の声も招いたが、足立区は予算を取って非常勤職員を増員することで対応した。

 「初めての試みなので、当初は組合などでのヒアリングや説明に駆け回りました。運営についても、それまで昼寝をしていた時間に、どの保育士がどのように子どもたちを見るかについてなどの采配は、各園の園長にお願いして、きちんと組み立てていただいた。今では、疑問の声はほとんどありません」(足立区教育委員会事務局・大高美奈子さん)

  足立区の保育園が「それまでの常識」から離れて6年が過ぎた。

 久米園長は「まだ、睡眠のリズムについての課題がある家庭はゼロではありませんが、早寝早起きは定着してきたと思います。保護者へのアンケートをとると、5歳児に夜の寝かしつけが必要な子はほとんどいなくなりました」と狙い通りの結果になっていることに自信を見せる。

 さらに、昼寝をやめたことで新しい発見もあった。 「5歳の子どもたちは、一日中、テンションが高いわけではなく、静かに過ごす時間を自主的に作れるようになっています。保育者が外遊びや室内での遊びをする環境を整えてあげると、うまくクールダウンができるようになる。昼寝をしなくても、日々の過ごし方で疲れは取れるのだと確信しています」(久米園長)

確修正スライド1

  上のグラフは厚労省幼児健康度調査に基づく、夜10時以降に就寝する子どもたちの割合。1980年には3歳児で22%だったのが、2000年には52%にも増えている。5~6歳児の場合、80年にはわずか10%だった夜更かし組が、2000年には40%にまで増えた。夜間睡眠が減っていることがはっきりわかる。

  足立区の保育園が目指すような睡眠のリズムとはまったく異なる子どもたちの睡眠の現状だ 。

 「日本人は世界でも、もっとも睡眠不足の国民。大人の就寝時間が遅くなっていくのに合わせて、就学前の子どもたちも遅寝になっています」と福田さんは警告する。

 もちろん、適切な睡眠時間は個人によって大きく異なる。昼寝では寝不足は補えず、むしろ逆効果になる。昼間に眠そうな子どもがいたら。まずは早く寝かせることを考えるべきだ。小学校に入学すれば昼寝はできなくなる。朝の機嫌や登園意欲などで保護者が個々の睡眠・覚醒の様子を見極めて、夜間にしっかりと眠れるようなリズムを作ってあげることが何より大切だろう。

(医療ネットワーク事務局専門委員 染谷 一)

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