【特集】睡眠のヒント

<子どもの眠りを守る>(1)早起きで成績が上がる? その一方で……

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  経済協力開発機構(OECD)は2014年、世界29か国を対象に15~64歳の国民平均睡眠時間の調査結果を発表し、その結果、日本人は約7時間40分で、韓国に次ぐワースト2位だった。欧米や中国などに比べると、1時間近くも短い。
 睡眠が足りない傾向は、大人だけでなく、子どもたちにも同時進行している。
 育ち盛りの子どもにとって、睡眠不足の蓄積は、「攻撃性の高まり」「注意力・集中力の欠如」「意欲の低下」「慢性的な倦怠感」「協調性のなさ」などの引き金となり、やがて不安、抑うつなどを生じさせる可能性もある。
 日本の子どもの睡眠に何が起こっているのか。

1日4~5時間の睡眠で十分か

 都内の私立中2年生のAくん(14)は、「僕は寝不足に強いタイプ。毎日4、5時間眠れば十分ですよ」と当たり前のことのように話す。自信満々な彼の表情を見ていると、「人類は進化したのだろうか?」とさえ感じてしまう。こちらは中学生の頃に毎日9時間近く眠っていた昭和の旧世代人なのだから。

 学校の成績について「上位の方だと思います」と自己評価するAくんは、放課後の部活には参加していない「帰宅部」だが、小学生の頃から剣道の稽古には毎週休まずに通っている。週4回の塾から帰宅するのは午後9時過ぎになる。

睡眠1回目中学生1 朝はそろってテーブルを囲むことが家族の決まりであるため、午前6時半にはきちんと目を覚ます。もちろん、学校をサボった経験は一度もない。

 生活に問題の見あたらない標準的な中学生だろうが、睡眠時間は短すぎる。

 実はAくんが勉強机に向かうのは、いつも深夜になる。塾から帰宅し、夕食をすませると、自室でスマホのオンラインゲームに1時間ほど向き合う。入浴後にぼんやりとネットの動画サイトを眺めるのも日課だ。その結果、宿題や予習・復習に取りかかる頃には日付が変わっており、ベッドに入る時刻は深夜2時近くだという。

 「学校や塾で眠くならないの?」と質問すると、「やっぱ眠いですよ、フツーに。でも、なんとか……」とイマドキの中学生らしい言葉が。そこで「どこで寝不足を解消しているの?」と聞くと、「日曜日ですね。正午過ぎまで寝ていますから。祝日には剣道の早朝稽古があるので、そっちにはどんなに眠くても根性で行きます」と照れたような笑顔を見せた。

早起きは成績をアップさせる、だが……

 文部科学省は2006年、「子どもの生活リズムの向上プロジェクト」を発足させた。子どもたちが抱えがちな生活の乱れを社会全体で解決していくことを目的に、様々な啓発活動を行った。同じ時期には民間企業などによる「早寝早起き朝ごはん」全国協議会もスタートし、子どもたちに朝型生活を奨励する機運が高まった。

 朝、太陽の光をしっかり浴びると、脳の覚醒を促すホルモンのセロトニンの分泌が促される。それで一日を元気に過ごせるだけでなく、学力にも良い影響があるとの研究結果はある。

 2008年、米ノーステキサス大のダニエル・テイラー博士が、同大の学生824人を調査したところ、自分が「早起きである」と考えている学生のGPA(平均成績)が4点満点で3.5点だったのに対し、「夜更かしだ」と考えている学生は2.5点と圧倒的な差がついたことを報告した。

 「早起きが三文の得」であることが、学業においても裏付けられた。

 「とはいえ……」

  東京ベイ・浦安市川医療センターCEOで小児科医の神山潤さんは顔を曇らせながら言う。

神山潤さん

神山潤さん

 「子どもたちが元気に活動できるようになることが目的だったのに、いつの間にか、『早起きなら成績が上がる』へと動機が入れ替わってしまった」

 神山さんは、2002年に医師や研究者らと「子どもの早起きをすすめる会」を発足させ、「『夜ふかし』の脳科学―子どもの心と体を壊すもの」(中央公論新社)、「子どもを伸ばす『眠り』の力」(WAVE出版)などの著書でも啓発してきたが、コインの表裏であるはずの「早寝」「早起き」の片方が置き去りにされていることへの危機感を抱いているという。

 会の名称に「早起き」を入れるなど、そちらばかりを強調したため、「遅寝でも早起き」で睡眠不足に陥る子どもが増えてしまったというのだ。

子どもの理想的睡眠時間は

 そもそも子どもにとって、理想的な睡眠時間はどれぐらいなのか?

 米国の国立睡眠財団(National Sleep Foundation)によると、推奨睡眠時間は6~13歳が「9~11時間」、14~17歳は「8~10時間」(表1)。

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(表1)

 「なるほど、そんなところかな」と納得しそうだが、同じデータで「適切と目される時間」と示されている数値に目を移すと、6~13歳は「7~12時間」、14~17歳でも「7~11時間」となっている。小学生で5時間、中高生でも4時間もの大きな幅がある。

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 (表2)

 つまり個人差が大きく、一概に適切な睡眠時間を示すことはできないということだ。

 それでは、本当に日本の子どもの睡眠時間は減っているのか。

 表2は日本学校保健会サーベイランスの調査結果。

 1981年と2014年を比較すると、小学校低学年で「9時間20分→9時間」と20分の減、中学生は「8時間10分→7時間25分」と45分もの減となっている。30年あまりで睡眠時間が削られてきたことは間違いない。

 官民挙げての「早起き推奨」の影響か、子どもたちの起床時間はむしろ早くなっている。とはいえ、睡眠時間減少幅の方がずっと大きいことから、夜更かしの傾向が顕著になっていることは自明だろう。

 しかし、個人にとっての適切な睡眠時間がはっきりしないのだから、親が子どもに「早く寝なさい」と指導する根拠は薄い。子どもから「何時間眠ればいいの?」と問われたら、あいまいな答えしか返せないはずだからだ。

休日の朝寝坊はむしろ「イライラ」を増長する

 個人差が大きいのであれば、なおさら一人一人にとっての適切な睡眠時間を判断する材料、方法はないものか。

 神山さんは言う。

睡眠1回目3時計 「それは日曜日の起床時刻で判断できます。学校がある日、休みの日のいずれも、ほぼ変わらない時刻に目が覚めるのなら大丈夫。逆に休日に2時間以上も寝坊するようなら、慢性的な睡眠不足と考えていい。だからといって、いきなり休日に無理やり早起きをさせると、睡眠不足をさらに悪化させる結果になります。休日に朝寝坊をしたら、その夜から少し早く寝て、毎晩の就寝時刻を少しずつ前倒しにしていく。毎週日曜日に、平日と同じ時刻に起床できるように調整していくことです」

 休日の朝寝坊――。起きる時間を気にせずにベッドの中でのんびり、ウトウトする幸福感は子どもも大人も変わらないだろう。ところが、実際にはマイナス面が大きい。

 文科省が2017年3月に発表した「平成26年度家庭教育の総合的推進に関する調査研究」には休日の朝寝坊についての興味深い結果があった。

 全国771の小中高校へのアンケートで、「学校がある日とない日で、起きる時刻が2時間以上ずれることはあるか」との問いに対し、中学生の57%が「よくある」「ときどきある」と答えた。「休日は寝坊派」が半数以上を占めている。

 さらに、それぞれのグループに「なんでもないのにイライラするか」と質問したところ、「起床時刻が2時間以上ずれることがよくある」という朝寝坊派の生徒のうち、41.3%が「よくイライラする」「ときどきイライラする」と回答した。「起床時刻が2時間以上ずれることがない」と答えた中学生では26.6%だったので、はっきりと違いが出た。

 つまり、休日にまとめて睡眠不足を解消しようとしても、精神面の休養には寄与しないばかりか、むしろ、気分の不安定さを上昇させていることがはっきり見て取れる。

睡眠の「借金」は少しずつ計画的に返す

 最近は「睡眠負債」という言葉が知られるようになってきた。

 英語の「Sleep debt」を日本語に直訳したもので、日々の睡眠不足が「負債」として蓄積すると、心身への悪影響がふくらんでいくことを示している。

 眠りの負債にも利子は付き、やがて1日や2日の寝坊では返済できなくなる。無理が生じないように、計画的に少しずつ返すべきなのは、現実の負債と変わらない。

 冒頭で紹介したAくんにも、着実に睡眠負債が蓄積していることは間違いなさそうだ。14歳と若いために、まだ「フツーに眠い」程度でなんとかなっているが、やがて気づいたときに、心身に不調が及ぶ危険もある。

 子どもの慢性的な睡眠不足について「日頃の勉強や運動のパフォーマンスを落とすだけでなく、前頭葉の働きが悪化することで、忍耐力の欠如を招きやすく、やがて社会への不適応を起こす可能性まである」と神山さんは警告する。

 中高生の生活リズムを乱す原因として、大人が「本丸」として攻撃したがる「スマホ」「動画サイト」「ゲーム」の影響はもちろん否定できない。ただ、そればかりを敵視して、やり玉にあげても解決にはつながらない。生活リズムを乱しているのはスマホだけではない。

 まずは日曜日に寝坊をしないですむことを最初の目標に、起床や食事の時刻、塾や習い事のスケジュールなど生活全体を見直して、たまった負債を徐々に返済していくように心がけたい。

(医療ネットワーク事務局専門委員 染谷 一)

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