辻仁成「太く長く生きる」(33)「辛幸の法則」

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(最終)新世代賞 ポスター-(B2)58年間生きました。自己ベスト更新!

 

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 この原稿は10月4日の朝に書いておりますが、58回目の誕生日なのであります。ずいぶんと長く生きてきたものだと我が人生を振り返りながらしみじみとしております。あと2年で60歳になるとはとても思えないので、そのギャップに驚いてもいます。フランス人の同年代の方と並ぶとかなり違和感がありますし、こちらでは、そもそも実年齢を言っても信じてもらえません。とくに若い恰好かっこうをあえてしているわけでも、美容に気を付けているわけでもなく、さらには健康のために何かをしているということもないのです。昔、顔を洗わないと言ったら週刊誌に汚いと書かれましたが、顔は今でも洗いません。フランスは水が悪いので洗うとかさかさしてしまうからです。ですので、ナチュラルな化粧水をコットンに付けて拭くようにしています。ちなみに髪の毛も毎日は洗いませんね。1週間に1度程度でしょうか。汗をかかない体質だからできることかもしれないですね。ただ、お風呂好きなので、湯船にはしょっちゅうつかりますよ。石鹸せっけん滅多めったに使いませんが… 

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 体は元気です。運動はしませんが、いまだに歌手活動を続けているので年に1度は小さなツアーに出ます。歌を歌うには体力がいりますから、この時期はとくに元気です。それが終わると執筆期に入り、運動もしなくなりますし、外出もしません。お酒はたしなみますが、友達がいないので飲み歩くことはしておりません。ある意味、規則正しい引きこもりと言えるでしょう。シングルファーザーですからここ数年は家事が運動会みたいになっています。洗濯や掃除は結構体力を使いますね。家の中が汚れるのはいやですから、片付けに精いっぱい取り込んでおります。部屋が片付けば気分はあがります。 

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 病は気から、といいますけど、若さも気から、です。大事なのはポジティブな思考じゃないでしょうか。ネガティブな思考をしておりますと、間違いなくネガティブな人や出来事が集まってきます。ネガティブになれば心労が増え、当然若さにかげりが出る。もし、若さの秘訣ひけつを教えてと言われるなら私は迷わず、ポジティブな生き方、と答えるでしょう。負の思考はことごとく排除する癖があります。それでも生きていれば負の出来事が起こるわけですが、これを逆手にとり、はね返す時にこそ若さが宿る、と信じたりしております。悪いことが起きると、なるほど勉強になった、次からは二度とこの間違いはするまい、と自分にいい聞かせ、素早い思考転換を心掛けておりますが、これが負の思考を打破する一番の方法かと思います。だいたい、私の場合、最悪の出来事が起こると、ここまで来たら上がるしかない、登るぞ、となぜか前向きになるお馬鹿ばかさんなのです。どうやら「お馬鹿さん力」に救われているようなところもあるようです。 

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 最近、「辛幸」という言葉を発明しました。しんこう、と読んでいます。もしかすると存在する言葉かもしれませんが、手持ちの辞書には載っていません。つらいことの中に幸せを見つけるという意味です。人生には様々なことが起こります。年を取るとだいたいが辛いことです。病になったり、亡くなったりする方が周囲で増えてきます。ヨミドクターあたりから連載の依頼もくるようになるわけです。年齢が増えれば終わりが近づくので人生も終わる方向へと向かいます。終わりが悪いという発想自体、私は受け付けませんが、年齢が重なれば実現できなかったことへの諦めや不満から辛いことが増えてきます。私はこれをポジティブな思考で逆手にとることにしたのです。辛いという字に、一を足すと、幸せという字になります。辛いから一つ前進をしてみなさい。一つ足してみなさい。そうすれば辛いは幸せになるのだ、と。幸せを感じるためには辛いことがないとだめなのです。ずっと幸せな人はいませんし、それではどれが幸せだかわからなくなってしまいます。適度に幸せを感じるために私たちには辛いが降りかかっているわけです。つねに、恐れず前に進めるポジティブな生き方こそが太く長く生きる秘訣だと思う昨今です。これを「辛幸しんこうの法則」と呼んでおります。 

今日のひとこと。 『まだまだ若いもんには負けませぬ。笑』

辻さんプロフィール写真2016年10月21日WEBマガジン用

辻 仁成(Tsuji Hitonari)
 東京生まれ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞。1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』のフランス語翻訳版「Le Bouddha blanc」で、仏フェミナ賞・外国小説賞を日本人として初めて受賞。著作はフランス、ドイツ、スペイン、イタリア、韓国、中国をはじめ各国で翻訳されている。著書に『太陽待ち』『サヨナライツカ』『右岸』『永遠者』『クロエとエンゾー』『日付変更線』『息子に贈ることば』『パリのムスコめし』『50代のロッカーが毎朝せっせとお弁当作ってるってかっこ悪いことかもしれないけれど』など多数。新刊に『父 Mon Père』(集英社)。
 ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野でも幅広く活動する。現在は拠点をフランスに置き、創作に取り組む。パリ在住。映画監督・音楽家・ 演出家の時は「つじ じんせい」。

 2016年10月にウェブマガジン「デザインストーリーズ」を開設。デザインと世界で活躍する日本人の物語、生きるヒントを届ける“ライフスタイルマガジン”。辻編集長のインタビューはこちら

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