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〔女優 伊藤かずえさん〕「食べるダイエット」で12キロ減!(中) 不良の役づくりは「怖い先輩」から

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「役者でありたい」

――テレビや映画で様々な役を演じてこられましたね。

 子どものころから「役者でありたい」「役を演じていたい」と思っていたので、こんなに長く続けてこられて本当に幸せだと思います。悪役や犯人役もやらせていただきましたが、自分では「これはやりたい」「あれはやりたくない」という欲がないんですね。自分のイメージを固定されたくないこともあるのですが、演じる役者が同じだからといって、違う役なのに同じように見られるのは嫌ですね。

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――演じるうえでストレスはありますか?

 ありますよ。一つの役を演じるには、自分とは違う部分を出さなければいけません。ストーリーを自分なりに消化して、共感できないセリフだとしても、演じる役柄の気持ちに思いを寄せます。たぶん、役者はみんなそうだと思います。

――役づくりで、つらかったことはありますか?

 つらかった経験ではありませんが、苦労に苦労を重ねることで、なんとか自分のものにできた仕事が「ナースのお仕事」(フジテレビ系)でした。私はドラマの「パート2」からでしたが、初めてのコメディードラマへの出演だったんです。

 ほかのドラマではあり得ないほど展開が速いし。みんな、舞台のように大げさに大声で演技しているので、びっくりでした。最初はそのテンションについていけませんでした。

 私は、性格的にきつく、正直でまじめ過ぎて失敗する看護師役をいただきました。ちょっと面白おかしくしたいなと思い、メガネを選ぶところからプロデューサーとすごく相談しました。役づくりのために、眉毛を上げるクセなども自分なりに工夫しました。あれこれ考えるうちに、不眠症になって体調を崩しちゃいました。

――強烈なイメージの役でしたね。

 「ナースのお仕事」は映画にもなりましたが、パート2の初期の段階ではちゃんと声も出せていないし、反省点がいっぱいありました。それがパート3に入ったら、もう楽しくて楽しくて。以降は役柄の感覚もつかめ、自分のキャラが認識されるようになったので、「ああ、悩んでよかったな」と思いました。

「先輩の目つき、しぐさを思い出した」

――反対に、ストレスフリーでノリノリに演じられた役はありますか?

 不良の役かなぁ……。「実は、あれが素の伊藤かずえだったんでしょう?」などとよく言われますが、逆です。役づくりの参考にした人がいるんです。

 それは中学生のとき、剣道部でしごかれた先輩です。一升瓶に砂を入れて片手で振らされたり、はだしで校庭を走らされたり。はかまを踏んで転んで出血しても、「泣くな!」と言われて。毎日の反省会で、1年生は全員正座させられて、「きょうの反省、伊藤から!」と言って竹刀で床をバーンとたたくんですよ。それだけでびびっちゃって、泣き始めると、「泣くな、お前ら!」と言われたり……。本当に怖い先輩でした。

――ドラマみたいですね。

 あんな上下関係は、今の部活ではないでしょうね。あそこで厳しくしごかれる経験があったから、ドラマや映画の撮影現場では、どんなに厳しい監督と一緒でもやってこられたのかなと思います。

 実際、不良の人に取材したことはなかったんですが(笑)、怖かった先輩の目つきとか、しぐさなどを思い出して、「あっ、これだ!」と思って。

――伊藤さんが作り上げた不良少女像は、部活での経験が由来だったのですね。

 はい。私自身はあまり強い性格ではないので、直接、先輩に意見を言えなかったのですが、ドラマの不良少女役ではそれを発散しました。「不良役が板に付いているね」と褒められるたびに、先輩に感謝していました。本当の自分とは全然違う役をやれた爽快感もすごかったですね。

飲み会、共演で広がった友達の輪

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――そもそも芸能界入りのきっかけは、6歳のとき、引っ込み思案の性格を心配されたお母さまの勧めで児童劇団に入ったことだそうですが、そのもくろみどおりに交際範囲が広がったり、お友達は増えたりしましたか?

 お酒が飲めるので、飲み仲間が増えました。20代のときは、すごく忙しかったんですが、その頃に友達になった人たちは、たまに会っても、いろいろなことを相談できる相手ですね。

――具体的にはどんな人たちですか?

 川合俊一さん、モト冬樹さん、佐藤直子さん……。川合さんは、元々、仕事のフィールドが違う人ですから、飲み会でもなければ出会うことがなかったのですが、今では年に1回ぐらい旅番組などでご一緒させていただく機会がありますし、何でも話せる友達です。南野陽子ちゃんも共演経験はなかったのですが、飲み会で仲良くなりました。

 そのほかの共演仲間では、いとうまい子ちゃんとも、今でも仲がいいですし、松村雄基君も、久しぶりに会っても久しぶりの感じがしない独特の感覚があります。学生時代に4年間、ずっとドラマで共演し続けたので、戦友みたいな、幼なじみみたいな相手です。比企理恵ちゃんや鶴見辰吾君にも同じような感覚です。

――番組制作会社「大映テレビ」のドラマで共演された方が多いですね。

 大映ドラマって、撮影現場がすごく過酷なので、それを共有した仲間なのです。体調が悪いときでも、お互いに気をつかったり、支え合ったりしてきました。

過酷な撮影現場

――ストーリーも過酷な内容が多かった印象ですが、撮影現場もそうだったのですね。

 大変でしたよ~! 真夏のシーンを真冬に撮影したときは、息が白く出ないように、口の中に氷を含んで、半袖姿で演じました。朝日を撮るために、午前3時に起きて海に行ったり、寒い中で長ゼリフをしゃべったり。本当に過酷でした。

 地元の高校に通いながら、都内のスタジオを行ったり来たりしました。よくあんなスケジュールをこなせたと思います。

 半年間放送が続くドラマの2クールとなると、本当に長くて大変です。それを8本ぐらい連続でやりました。そうなると、あるドラマの最後の1か月と、次のドラマの最初の1か月が必ずかぶって撮影になるんです。

 似たようなキャストで、似たようなスタッフじゃないですか(笑)。プロデューサーも一緒だったりして。だから、「あれ、これは何の役だったっけ?」みたいによく混乱しました。不良の役がかぶると、どちらがどちらのキャラだったのかが、わからなくなったりしました。

――大変でしたね。

 そうですね。「よく頑張りました!」って過去の自分をほめてあげたい。でも、高視聴率が続いたので、今でも同世代の人たちから「番組を見ていました」って言われるのはありがたいですよね。大映ドラマのおかげです。

――体調管理はいかがでしたか?

 10代の頃は、いくら食べても、全然運動しなくても、まったく太ることはなかったのですが、20代に入るとさらに生活が不規則になり、服のサイズが変わるようになりました。

 20代後半のとき、映画「お日柄もよくご愁傷さま」で妊婦役を演じるために、1週間で5キロ増やしました。毎日、寝る前にケーキを食べ続けたんです。ところが、映画がクランクアップした後、今度は2時間ドラマの出演に向けて、絶食と運動で体重を落としました。体調管理というよりも、役に合わせて自分の生活を管理するような日々でしたね。

 30代半ばで実際に妊婦となり、子どもを産んだ後には体重が落ちました。だけど、子どもに食事をとらせるためには親も一緒になって食べるし、残り物も自分で処理するようになると、やっぱり太るんですね。

伊藤かずえ2017(プロフィル用)

 伊藤かずえ【いとう・かずえ】

 1966年、横浜市生まれ。小学生の時、「内気な性格を変えよう」と、母親の勧めで劇団に入り、6歳から子役として活躍。81年映画「燃える勇者」のヒロインに抜擢(ばってきされ、84年放送の大映ドラマ「不良少女とよばれて」で演じたツッパリ少女役で脚光を浴びる。その後も「スクール☆ウォーズ」「ポニーテールはふり向かない」では主演を務め、大映ドラマに欠かせない存在になる。97年フジテレビ系「ナースのお仕事2」では、黒縁眼鏡姿の看護師役を好演した。現在は、映画・ドラマのみならず、旅番組やバラエティーなどで幅広く活躍。1女の母。40歳を過ぎた頃から太り始め、体調不良にも悩まされていたが、2016年、テレビのバラエティー番組でダイエット企画に挑戦し、大幅な減量に成功。今年6月に、自らのダイエット体験とレシピをまとめた「伊藤かずえが12キロやせたレシピ」(小学館)を上梓(じょうしした。

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[インタビュー]Women’s Paths