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[タレント いとうあさこさん]人生って、タイミング(上)「子ども欲しい!」アラフォーで“DNAの叫び”

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 バラエティーにトーク番組にと、テレビで見ないことがないほど多方面で活躍するタレントのいとうあさこさん。これまでの生活を振り返りながら、一人の女性としての恋愛観や結婚・出産への思い、仕事との向き合い方などについて語ってもらいました。(聞き手・本田麻由美、撮影・秋山哲也)
 ※Path=小道や細道のほか、人生の進路や歩くべき方向などを意味する。

大人に逆らって家出した自分「カッケー!」

――インターネットの様々なサイトには、いとうさんは実はお嬢さま育ちで、中高は「女子御三家」のひとつと称される名門進学校「雙葉」の出身だと書かれていますね。

 雙葉の卒業は本当です。私は幼稚園時代が優秀だったらしく、小学校受験で入ったんです。そこが人生のピークだったのかなって(笑)。「お屋敷で育った」などとも書かれていますが、それはウソですよ~。玄関から家の中まで4歩で入れます。雙葉には本物のお嬢さまがいっぱいいたので、家に遊びにいくとシャンデリアがあったり、庭に川が流れていて、かくれんぼしたら見つからなかったりという、お屋敷に住む友達もいました。でも、うちは父親が銀行勤めのサラリーマン家庭ですから。

――とはいえ、有数の進学校で、生徒のほとんどが大学に進学しますよね。いとうさんの場合は、大学に行かず、ミュージカルの世界を目指したとか。

 同じ学年で大学に行かなかったのは、私以外にはいないんじゃないかな? 大学に行きたくなかったわけではないですけれども、学力的にも厳しかったし。何よりも、まず19歳で家を飛び出してしまったんです。

★1回目にドーンと使ってほしい組み写真・最終形提稿用・

――19歳……、家出をするのは年齢的には遅いですよね。きっかけは何だったのですか?

 高校をちゃんと出てからの家出です(笑)。遅い反抗期が来たことと、シンガー・ソングライターの尾崎豊さんとの出会いが重なっちゃって。「大人の言うとおりに動かない自分はカッケー!」みたいに思ったんでしょうね。実際にはバイクも盗まなかったですし、校舎の窓ガラスも壊していない(笑)。やっちゃいけないことはしなかったですけど。
 大学に行くよりも、家出をすることが目標になっていた。
 後になって、「そうは言っても本当に家出する子どもがいるなんて」と親にも言われました。でも、今は「国交回復」して、親子仲はいいです。

――家出してミュージカルを目指した?

 いやいや、まずは馬車馬のように必死でバイトです。
 実際、どうすれば生活できるかを知らなかったし、お金がいくらあれば暮らせるかもわからなかったですし。
 当時、アルバイト雑誌が分厚くて、バイト先はいくらでも見つかりました。雑誌の「お水の仕事」とは別に、「とにかくお金が欲しい人向け」欄に出ていた配膳人紹介所のバイト代が目立って高額でした。時給1500円ぐらいから始まって、最終的に、たぶん2000円ぐらいまでいく。
 朝6時から夜10時ぐらいまで働いたりして、月60万円とか稼いでいたんです。そうすると「お金って余るんだな」と気づきだして。
 その頃、バイト先である男性と出会ってしまって。その彼に借金があったため、それを毎月返済してちょうどトントン、みたいな状況でした。

恋人の借金を肩代わり 私にとっては「防衛費」

――ずいぶん、男性に貢いだと言われていますが、本当に?

 そうですね。でも「貢いだ」とは思ってないんですよ。私は「防衛費」だと考えていたんです。
 借金の取り立てに怖い人が家に来るから、2人の生活を守るためにお金を払う。お金はあるほうが払えばいい。貢いだというよりも、私の意思で払っていたんです。
 彼から「お金くれよ」「何かを買ってくれ」と言われたことは一度もありません。もしも、そう言われていたら、すぐに見捨てていたかもしれないですね。

――その後、彼とはどうなったんですか?

 最終的には……微妙でしたね。5、6年は一緒に暮らしていたんですけれども、ある時に彼が「あさこに苦労かけて悪いから働くよ」みたいなことを言い出したんです。
 私は別にどちらでもいいと考えていたのですが、「働く」というなら働いてもらったほうがいい。こっちが稼いでいると、男の人って、自分で仕事をやめたくせに、何もしていないとちょっと自分を卑下するようになることがあるでしょう? 働かないことよりも、そうやって卑下される方が嫌だったから、自分で働こうと思っているなら働いてほしいと思ったんですね。
 一方で、自分の中では賭けをしました。もしも、今度も簡単に仕事をやめちゃうようなら、私との関係も終わったほうがいいのかなって思って。
 そうしたら、案の定、2日ぐらいでやめてきたんです。その前にも、少しイライラしていたり、キレたりしていました。暴力などはなかったものの、私のことを「お母さんにしか思えない」みたいに言い出していた。それで、仕事もやめてきたので、自分の中の区切りがついたというか、「もう離れようか」みたいな話になりました。

――話を聞く限り、お相手はあまり自立心がない男性に感じます。それでも5、6年も一緒に暮らしたわけですから、相当に好きだったのですね?

 男性と付き合ったのが初めてだったということはありますね。小学校から高校まで女子校育ちで、その間、別に男性が嫌いだったわけではないですし、男性の存在もわかっている。父も兄も先生もいたのですが……。

――男性を男性として意識してこなかったわけですか?

 そうですね。その男性とはバイト先で会ったのですが、向こうが「よろしくお願いします」とあいさつしてきた時、何か不思議な経験なんですけど、後ろからすごい光が差していて、逆光で顔がよく見えていないのに、「あっ、たぶん、この人が初めての人になるな」と予感が走ったんです。それで、知れば知るほど、この人おもしろいなって。

――初恋の相手だったわけですね。

 リアル初恋では、近所のすし屋のお兄ちゃんが対象でしたけど(笑)、付き合う相手という意味では初恋愛でした。初恋ほどきれいなイメージじゃなくて、初恋愛という方が正しい言い方かもしれないです。それだけに、別れ方もよくわからなかった。でも、その時、仕事をやめてきたことがきっかけで、自分の中で区切りをつけました。私はもう26歳ぐらいになっていましたけどね。

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[インタビュー]Women’s Paths