高血圧をコントロールしよう

高血圧と向き合う(4)健康への扉を開いてくれた

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夫婦で減塩料理の研究を

寄り添う影

 高血圧と診断されてから、Oさんの生活は大きく変化した。

 相変わらず残業続きの妻の帰宅は自分より遅い。そこで平日は、帰宅途中に一人で取っていた外食をやめ、自宅で食べるようにした。

 「それまでは、居酒屋やそば屋、定食屋、中華料理店などでの『ひとり飯』でしたが、かなりの塩分量だったと思います。ビールと一緒にチンジャオロース、ギョーザ、チャーハンを一度に平らげるような日々でしたから、今にして思えば恐ろしい食生活でした。自炊に切り替えると、『今日はどこで何を食べて帰ろうかな』と考える面倒がなくなったことで気は楽になりましたね」

 とはいえ、毎日、自分で夕食の準備をするのは大変だ。そこで週末に妻と一緒に減塩のお総菜をいくつか料理し、まとめて冷蔵庫で保存する。平日はそれでまかなうようにした。

 インターネットで調べると、減塩料理のレシピはたくさん見つかった。それを自分なりにアレンジして、さらに好みの味に近づけるように工夫する。

 調味料には、しょうゆや塩の代わりにポン酢やレモンを効果的に使う。大好きなゴマ油の香りもフル活用した。例えばアボカドとマグロの刺し身をあえると、しょうゆやマヨネーズで味を整えたくなるが、ゴマ油をしっかりかけ、さらに白ゴマをまぶして風味を立たせるとほんの数滴のしょうゆでおいしくなる。意外なほど白いご飯に合うのだ。

 甘酢風味のロールキャベツ、いりこだしをたっぷり使ったヒジキの煮物など、自分の好物で減塩するコツを少しずつ体得していった。

 食品会社の研究職で、もともと料理好きだった妻も挑戦意欲をかきたてられたようで、いろいろなアイデアを出してくれた。週末に夫婦で減塩料理を研究する作業は楽しい時間となった。

 それに加え、週2回はスポーツジムのプールで1000~2000メートル泳ぐ。現役の水泳選手だった時代に比べるとタイムを気にしない分、心臓の鼓動を感じながらゆっくり水の感触を楽しんだ。プールの中にいると、自分の体内におりのように沈殿していたストレスが少しずつ体から流れ出していくようだった。

*1【減塩の料理レシピ】
 主食として毎日お世話になっているご飯、麺類、パンなどはどれも塩分が素材のおいしさが引き出す。塩だけで握ったおにぎりなどは、世界でもっともシンプルで合理的、その上、優しさあふれる味わいの食事だろう。
 おいしいと感じる塩分濃度は、個人によって微妙に違う。炭水化物が大好きな日本人にとって、減塩は自分好みの味わいをどこで妥協させるかが勝負となる。
 インターネットで「減塩レシピ」で検索するとたくさんのページがヒットする。出てくるメニューをそのまま使うよりも、自分がおいしいと思う限度ぎりぎりを見極めることが、長続きする減塩メニュー作成のコツでもある。毎日、無理なく続けられなければ意味がない。
 国内に大小各種の患者会がある糖尿病とは異なり、高血圧症は患者が気楽にアドバイスを受けたり、相談したりできる窓口は意外と少ない。医師ら医療関係者の集まりである日本高血圧学会には、減塩委員会が設置されており、一般への啓発活動を積極的に行っている。各種パンフレットのほか、減塩レシピ集も発行しているので参考になるはずだ。
https://www.jpnsh.jp/general_panf.html

 在宅管理栄養士・塩野崎淳子さんの話
「日本人が食塩摂取源の1位はしょうゆです。そこで減塩の工夫のおすすめは『卓上しょうゆ入れをスプレー型に変える』です。しょうゆ入れの形態には(A)通常傾け型、(B)滴下型、(C)スプレー型、(D)小袋(弁当などについているもの)の4種類があります。ある研究結果では、男女(男女各24人計48人)ともに(C)のスプレー型を使った人のしょうゆ利用量が明らかに少なかったそうです」

軽い狭心症を発症。薬を飲み始めたが・・・・・・

 ところが。

 日課となった家庭用機器での血圧測定では、期待ほど効果が上がっていなかった。日によってバラツキがあるものの、おおむね上が140ぐらい。高血圧症の診断ラインぎりぎり付近を行き来していた。

 「かかりつけ医からは『糖尿病の血糖値は食事と運動で比較的コントロールがしやすいが、高血圧の場合、そこまでの効果は期待しにくい』と言われました。ただし、生活の改善をしていなければもっと悪くなっていたはずだとも指摘されましたし、何よりも毎日が快適だったので、やる気が下がることはありませんでした」

 やがてOさんの体調、そして生活に再び大きなターニングポイントがやってきた。

 きっかけは、仕事中に時折、軽い動悸どうきを感じるようになったことだった。日に何度か脈が強く打っている気がした。ソファに座ってリラックスしているときに、急に心拍が速くなったりもした。

 心配になって、かかりつけ医で検査をしてもらったところ、ごくごく初期の狭心症を起こしているとの診断だった。「少し冠動脈が狭くなっている部分があるね。すぐに詰まって心筋梗塞を引き起こすことはないと思いますが、もっと血圧は下げておきたい。ここまでよくがんばってきたけれど、そろそろ薬を飲みましょう」

 潮時かな――。そう思い、素直に医師の診断に従った。

「薬の世話にならなくてもいいように」とがんばってきたものの、40代半ばにさしかかったころに、降圧剤を飲むようになった。

 処方された薬は、カルシウム拮抗きっこう薬。血管を拡張して、血流を穏やかにさせる効果がある。まずは単独で服用して、効果が薄いようなら別の薬剤との組み合わせを考えるとのことだった。

*2【高血圧症への薬剤処方】
 高血圧ガイドライン2014によると、健診などで高血圧を指摘されて医師の診察を受けると「上が180以上、下が110以上」の重症高血圧の人を除いて、まずは医師が生活習慣の改善を指導する。その後の3か月間、血圧の変化を見て、基準値(上140、下90)を上回る状態が続くと薬剤治療に移行する。つまり、重症以外の人は3か月の「執行猶予」があるのだ。

 <主な降圧剤>
アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)
「アンジオテンシン」とは血管を収縮させ、血圧を上昇させるペプチドの一種。ARBはこの作用を抑え、血圧を下げる。心臓や腎臓などの臓器を保護する働きもある。

アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)
ARBとは異なり、アンジオテンシンの産生を抑える薬。効果はARBと近く、腎臓などへの負担を抑える効果がある。

カルシウム拮抗薬
血液中にカルシウムが流入すると血圧上昇の原因となる、これを抑え、血管を拡張させることで血圧を下げる薬。副作用が少なく、狭心症の患者にも向く。

利尿薬
尿による塩分の排出を促す。

 Oさんの場合、効果は歴然で、以降の血圧は基準値内でおさまるようになった。カルシウム拮抗薬は、まれに脈拍の乱れを誘発する可能性があるとのことだったが、幸いにも副作用は一切出なかった。動悸もおさまっていた。

 1日1回の服用なので、さほど負担感もない。

 「なんとなく薬を毛嫌いしてきただけでしたね。薬を飲むようになっても減塩は意識し、水泳も続けています。血圧が一段階下がったことで、たまにはラーメンを食べに行くことができるようになったし、焼き魚には大好きなオロシ醤油じょうゆをかけることもできるようになりました」

 さらに、うれしい誤算も起きた。食事の改善と運動習慣のおかげで、全身が引き締まり、体の動きが軽くなっているのを実感した。仕事でも、昔のような活力が出てきたように感じ、以前のように小さなことでイライラしたりはしなくなった。一時期、悩まされた過敏性腸症候群も鳴りを潜めている。

 一昨年、Oさんは関西の関連会社に出向となり、現在は単身赴任の生活になっている。

 「現在ではゆるい減塩にはなっていますが、妻が関西に来たときには、以前と同様にお総菜を一緒に作ります。プールにも通っていますし、体調は万全です。むしろ高血圧が健康な生活に導いてくれたと思います。文字通りの一病息災ですね」

 あと6年ほどでOさんの会社員生活は終わる。子供がいないために、老後は妻と2人の生活になるが、今の健康状態を維持できるなら、きっと楽しい日々が待っているはずだ。

 「正直、以前は年齢を重ねることへの焦りもありましたが、今はむしろ老後ののんびりした毎日を心待ちにしているんですよ」と笑った。

 (おわり)

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