高血圧をコントロールしよう

高血圧と向き合う(3)腹痛がきっかけで……

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過敏性腸症候群の診察で高血圧が

 Oさんが自分の高血圧を強く意識し始めたのは、40歳をいくつか過ぎたころだった。きっかけは意外なことだった。

 朝、出勤の準備をしていると、腹痛に襲われるようになった。以前から、飲酒した翌朝に下痢をする傾向があったが、一滴も飲まなくても毎日のように痛みがやってくる。通勤電車の中で冷や汗を流しながら苦しんだ時もあった。

 「もしも悪い病気だったら……」と心配になり、インターネットで症状を検索してみると、「過敏性腸症候群」(*1)という診断名が目に留まった。主にストレスや腸内細菌などの関係で引き起こされる病気で、画像検査などで異常が見あたらないことが大きな特徴だという。

 おそるおそる自宅近くの内科クリニックを受診すると予想通りの診断だった。

 医師からは「ストレスを感じやすい性格なのかな? 過敏性腸症候群は命にかかわる病気ではないけれど、おなかの調子が悪いのはつらいよね。便通異常には対症療法的な薬もありますので、それを使いながら原因となるストレスを取り除く努力をしましょう」と告げられた。

 重病ではないと聞いて少し安心した直後、医師が思いもよらないことを口にした。

 「それよりも血圧が高いねえ。上が160、下も100ぴったりだよ」

 驚いた。

 前年、会社の健康診断の日程が親戚の不幸に当たったため、受けていなかった。「そのうち人間ドックでも……」と思いながら、ズルズルと1年間も先延ばしにしていた。

 自分の血圧が高めであることは知っていた。健診では上が140弱ぐらい、下も95ぐらいの「高め」を指摘されてきたが、ここまで高い数値が出たのは初めてだった。コレステロール値も血糖値も正常範囲だ。大学卒業後から始めたたばこも、結婚当時に妻からたしなめられ、きっぱりやめていた。

 医師は続けた。「普段よりも病院での数値が悪くなる白衣高血圧(*2)の可能性もあるけれど、自宅でも定期的に測定を続ける習慣をつけてください」

 クリニックからの帰宅途中、家電量販店に立ち寄り、家庭用血圧測定器を購入した。

*1【過敏性腸症候群】
 下痢や便秘、腹痛などを慢性的に繰り返す疾患。内臓に原因があったり、細菌やウイルスに感染したりはしていないので、もちろん血液や画像の検査では異常が見つからない。
 会社員で、平日はおなかの調子が悪いのに、休日にはピタリと症状がおさまるなどのケースが多いため、ストレスなどの心因的な要因も大きいとされる。不安や抑うつなどの精神症状が合併していることも少なくない。
 診断基準は、直近3か月、1か月に少なくとも3日以上、下痢や便秘などの症状が出ること。原因と考えられる生活の乱れやストレスなどを排除し、改善が見られない場合は薬物治療が行われる。この症状に悩んでいる人は多く、医療機関を受診していない潜在的な患者も含めると、国内に1000万人以上いると言われる。

*2【白衣高血圧と仮面高血圧】
 病院で検査をしている間、「悪い結果が出たらどうしよう……」と誰もが多かれ少なかれ考えるものだ。緊張したり、心配をしたりすると、自律神経によって血圧は上がりがちになる。白衣高血圧はまさにそれで、病院やクリニックで血圧の測定をすると、普段よりも高めの数値が出てしまう症状。病院や健診、自宅でリラックスした状況で測定するよりも緊張やストレスが加わることで、血圧は上昇しがちになる。医師や看護師、保健師らが着用する白衣にかけた名前で、特に心臓や脳に悪影響を与えることはないとされる。
 一方、普段は血圧が高いのに、病院や健診では基準値内におさまってしまう症状が仮面高血圧。朝早い時間に血圧が高くなる早朝高血圧、就寝中にも血圧の下がらない「夜間高血圧」、職場にいるときにストレスを感じるために上がる「職場高血圧」などがある。こちらは正確な診断を妨げる結果になり、深刻だ。
 いずれにしても、血圧は測定時の精神状態や周辺環境に左右されてしまうことから、日本高血圧学会は、血圧の状況を正しく把握するため、医療機関での測定よりも、毎日、決まった時刻に自宅で測定することを推奨している。 

 

できれば薬は飲みたくない……

 医師の診断を受けた後も、腹痛はしばらく続いたが、いつの間にかパッタリと症状が出なくなった。仕事のストレスが軽減したわけではない。

 ほっとしたものの、血圧は高いままだった。その年の会社の健康診断でも高血圧症を指摘され、自宅で測っても上150台、下90台後半ぐらいを示すことが多い。医師からはしばらく塩分制限などで食事内容を改善し、積極的に運動することを指導された。それでも140以下に下がらない場合は、薬を飲むようにとのことだった。

 ネットで調べると、高血圧のリスクはたくさん出ていた。

 Oさんは「薬を飲み始めると生涯続けなければならないと聞かされていたので、それはイヤだと思い、生活習慣の改善をして、可能な限り抵抗しようと思いました」と苦笑いする。

 それまで週末の恒例行事だったラーメン屋行脚は自重し、自宅でも外食時でも常に塩分を意識するようになった。さらに会社近くのスポーツジムの会員になり、仕事の後に週2、3回、プールで泳ぐようになった。

(つづく)

 

【インタビュー】生活改善に加え、いやがらずに薬も取り入れて

JCHO星ヶ丘医療センター(大阪府枚方市) 松本 昌泰 病院長

松本昌泰

――日本には4300万人も高血圧の人がいます。

 私の専門分野である脳卒中では高血圧がかかわるケースが多い。血圧が高いままだと、確実に血管にダメージを与えます。良い生活習慣を続ければ、血管は若さを保つことができるし、若返ることだって可能です。いわばアンチエイジングです。

 脳卒中だけでなく、高血圧は心臓疾患や認知症の原因にもなります。

 特に認知症の原因として、アルツハイマー型の次に脳血管性が多い。しかも、65歳未満の人がかかる若年性認知症では脳血管性が最大要因です。若いときから認知症になると、その後の人生は大変ですが、知らない人が多い。

 そのためにも血圧はきちんと下げる。生活習慣を改善しながら、薬もいやがらずに取り入れて欲しい。

――高血圧などによって動脈硬化が進み、大きな病気になると、寝たきりのリスクは飛躍的に高くなりますね。

 寝たきりになる原因のトップは脳卒中です。かつては死亡原因でも脳卒中がワーストでした。現在では、がん、心臓病、肺炎に続く4位です。これは脳卒中の形が変わってきたことを示しています。かつては「脳溢血のういっけつ」と呼ばれた脳血管の出血が多く、すぐに命を落としてしまう患者さんが多かった。現在は脳梗塞の患者さんが増えています。脳梗塞は亡くなりにくいタイプの脳卒中です。治療方法が進歩したこともありますが、こちらは寝たきりになるリスクが高いわけですね。いずれも高血圧が重大な原因です。

――生活習慣で言えば、食事と運動です。ただし、減塩の食習慣を身につけることは簡単ではありません。

 常に減塩を意識することから始めればいい。

 コンビニの食品も、最近ではカロリー表示をするようになっています。今後は塩分についても同様になっていくはずです。

 体重計に乗らない人は体重を減らせません。自分自身でしっかりと意識する意味でも、体重を毎日計量することは価値ある行動です。塩分も同様です。意識することで減らしていくことは可能です。そのためにも家族単位での意識改革が必要です。家族は同じような遺伝的背景を持ち、同じようなものを食べて生活している。親がいつも塩辛いものを取っていれば、子どももそれに舌が慣れていきます。これについては医療が教育の場になっていく必要があります。

――日本は先進国トップレベルの長寿大国です。反面、生活習慣病大国にもなっているのは皮肉です。

 これだけの人口を抱える国家で、平均寿命が長いのは素晴らしいことです。とはいえ、今後はますます高齢者の比率が高まり、4人に1人、3人に1人がお年寄りの時代が来ます。動脈硬化など加齢に伴って起こる病気も増え、平均寿命と健康寿命の差は10年もあります。これを縮めていくことが課題なのは言うまでもありません。

 言い換えれば、比較的短命とされる途上国などでは、これから動脈硬化が問題になっていきます。これについては日本が最前線で突破口を開く可能性があるわけです。今、人類が闘っているのは病と災害です。命をどうつないでいくかというテーマに対して、この両分野で日本が果たす役割は大きいと考えています。

 

※【脳卒中】病名ではなく、脳血管の障害で発症する病気の総称。いわばグループ名のようなもの。脳出血、脳梗塞、くも膜下出血などは、すべて脳卒中に含まれる。リスクとしては「高血圧」「糖尿病」「高脂血症」「喫煙」などがある。厚労省の調査によると、上の血圧が140~159mmHgの軽症高血圧だと、脳卒中で死亡する危険が基準範囲の至適血圧者(110~119mmHg)の約3倍になる。さらに180mmHg以上になると、危険は7倍以上になる。

 

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