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医療・健康・介護のニュース・解説

精神障害者の恋愛や結婚 当事者を取り巻く様々な「壁」…必要な支援とは?

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 精神障害のある人の恋愛や結婚、出産・子育てを支援する取り組みが進んでいる。当事者は、コミュニケーションに不安を感じたり、周囲の理解が十分でなかったりして孤立することがある。関係者の思いや活動を2回にわたって紹介する。(田中文香)

当事者が語り合う「あいりき」プログラム…不安、孤立、周囲の偏見 よりよく生きたい 願いを応援

精神障害者の恋愛・結婚・子育て支援<上>様々な壁…「愛する力」学び合う

「あいりき」のグループワークで進行役を務める阿部さん(右)や参加者ら(横浜市で)

 「僕にとっての恋愛は、助け合うこと、いいところを褒め合うこと、互いを尊敬することかな」

 3月2日、横浜市内の事務所で、精神障害のある5人が「恋愛」をテーマに話し合った。大切な人や出来事を振り返り、相手との心地いい距離感、長く付き合うための心構えなどを学ぶ。「相手に病気のことを理解してもらいたい時、どのように伝えるか」を考えるロールプレイングもある。

 進行役を務めた阿部憲一郎さん(57)は、統合失調症の当事者だ。思春期に発症し、高校生から50歳前後まで入退院を繰り返した。恋愛に積極的になれず、病気について好きな人に伝えるのが難しいと思うことがあった。失恋の経験もあるが、今では「自分の成長につながる大切な時間だった」と振り返るようになった。

 阿部さんは「恋愛だけでなく、友人や家族、自分に対する愛についても学び合える」としたうえで、「参加者に『今のままでいいんだ』と自分を肯定できるようになってもらいたい」と話す。

 プログラムは、障害福祉の専門家や当事者によって2020年度から本格的に始まった。精神障害のある人が中心となり、約4時間、意見交換しながら考えを深める。名称は「あいりき」で、「愛する力」から名付けられた。

 プログラム開発の中心の一人、大阪大の蔭山正子教授は、保健師でもあり、長く精神障害がある人の育児支援に関わってきた。プログラムにつながる取り組みは、ある当事者から「育児する以前に、恋愛や結婚に困難を感じている人がたくさんいる」と聞いたことから始まった。

 「恋愛や結婚は障害の有無より、相性や偶然に左右されるのでは?」。当初は支援の必要性に疑問を抱いたが、当事者らに話を聞くなかで様々な「壁」が見えてきた。

 例えば、思春期に発病して入院・治療が続き、恋愛に対する自信をなくしたり、コミュニケーションに不安を持ったり。支援者や家族が、「失恋すると症状が不安定になる」などと恋愛や結婚に否定的な考えを持つこともある。

 「恋愛をしてよりよく生きたいという願いをかなえるには、何が必要だろう」。まずは様々な声を聞き、本にまとめようと動き始めた。

多くの声を集めて

 蔭山教授の呼びかけに応えたのが、精神障害のある人の仲間作りや相談業務に関わってきた野間慎太郎さん(42)だ。そうとうつの状態が現れる双極性障害があり、障害がない妻と交際期間を含めて20年以上、共に歩んできた。夫婦でどのように理解し合ってきたのかを、それぞれの視点からまとめた。

 書籍作りでは、他にも多くの当事者が関わった。夫婦で統合失調症のある根本俊史さん(48)と響子さん(42)は、結婚までの道のりのほか、体調が悪い時には助け合い、夫婦の時間を大切にしていることなどを執筆。ある母親は、統合失調症の娘の恋愛・結婚を応援するようになるまでの心境の変化をつづった。

 蔭山教授と野間さんらは20年、こうした体験をまとめた「精神障害者が語る恋愛と結婚とセックス」(明石書店)を出版。得られた知見を踏まえ、プログラムを作り上げた。

 「あいりき」を受講後、進行役になるための研修を受け、プログラムの普及に関わるようになった当事者らは約40人に増えた。現在はオンラインでも実施している。

 蔭山教授は「人は人と接する中で回復していく。あいりきを通じ、人を愛する気持ちをはぐくんでほしい」と語る。

一歩踏み出したい人へ 「出会いの場」を

 

 精神障害がある人をサポートしている「地域活動支援センター えどがわ」(東京都江戸川区)は、恋愛に一歩踏み出したい当事者のために、出会いの場を作ってきた。

 2月17日に同区内で開かれたパーティーには、約40人が参加。趣味などを書いたプロフィルを交換し、順番に席をまわりながら会話を楽しんだ。

 この日、カップルになった20歳代の女性は、双極性障害がある。症状が悪化して入院していた時に支援者から案内をもらい、思い切って申し込んだ。「病気のため恋愛をあきらめていた。2人一緒の時間を増やせるように頑張りたい」と声を弾ませた。

 志村優子施設長らが活動を始めたのは約10年前。「恋愛をしたいが、病気であきらめている」という当事者に多く出会ってきた。他の事業所の利用者にも声を掛け、病気や障害の有無にかかわらず参加できるようにしている。

 年に1回程度のペースで企画を重ね、今では当事者から「次はいつ開催しますか」という問い合わせが絶えない。これまでの参加者は計約400人に上り、50組程度のカップルが誕生した。

 パーティーをきっかけに身だしなみを整えたり、就職活動をはじめたりと前向きな変化を見せる人もいる。志村さんは「恋愛に挑戦したい人、幸せになりたいと願う人をこれからも応援したい」と話す。(2024年3月26日付の読売新聞朝刊に掲載された記事です)

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