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人のココロ 動物のチカラ

医療・健康・介護のコラム

「いじめ」によって奪われた弟の命 凍り付いた兄の心に温度を取り戻させたセラピー犬の「無邪気なやさしさ」

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「いじめ」によって奪われた弟の命 凍り付いた兄の心に温度を取り戻させたセラピー犬の「無邪気なやさしさ」

 川崎市の自宅に到着すると、玄関前には見慣れない規制線が張られ、警察官の姿が目に飛び込んできた。

 「え? 何?」

 2010年6月7日。この日に限って高校からの帰宅がいつもより遅くなり、時計の針は午後6時半をまわっていた。混乱しながら警察官に尋ねると、信じられない事実を告げられた。中学3年生の弟が、自宅のトイレで硫化水素を発生させて、自らの命を絶った、と。

 まさか!

 篠原宏輝さん(17歳=当時)の心は凍り付いた。

さまざまな負の感情にのみ込まれて

 3歳違いの弟の真矢さんは、前日に2泊3日の修学旅行から帰ってきたばかりだった。とくに変わった様子は見受けられず、宏輝さんと兄弟同士の軽い口論をしたほど、「いつも通り」だった。

「いじめ」によって奪われた弟の命 凍り付いた兄の心に温度を取り戻させたセラピー犬の「無邪気なやさしさ」

篠原宏輝さん。弟の真矢さんの遺影の前で

 後で聞いた話によると、旅行先の京都と奈良では、誰も見たことがないほど、弟ははじけて楽しんでいる様子だったという。事実、残された旅行写真には、友人たちと一緒に笑顔でピースサインを出す姿が写っていた。だが、友人たちは新幹線の中で、一転して落ち込んでいる姿も目にしていた。旅行が終わった後の「覚悟」が、気持ちの極端なアップダウンとなって表れていたのかもしれない。

 自殺の原因は学校での「いじめ」だった。地元中学で野球部に所属していた真矢さんは、心が優しく、正義感の強い少年だった。先にいじめに遭っていた同級生のチームメートを守ろうとしたことで、加害者グループの標的にされてしまった。さまざまな暴力や嫌がらせを受けながらも、家族には何も伝えず、一人で苦しみを抱え込んでいた。

 突然、たった一人の弟を奪われた宏輝さんには、「悲しみ」「やりきれなさ」、そして「人間に対する不信感」が襲いかかってきた。加害者グループに対してはもちろんのこと、いじめを把握しながらも放置してきた弟の学校の担任や校長に対する「なぜ……?」も。17歳の高校生は、さまざまな負の感情に容赦なくのみ込まれた。

 葬儀が終わり、一応の日常に戻されてからは、あえて自分の心の中を表に出さないようにしていた。我が子を理不尽に奪われ、深い悲しみから抜け出すことがない両親に、残された自分がこれ以上の心配をかけるわけにはいかない。学校の友人たちが以前と変わらずに接してくれたのが救いだった。

 2か月後、弟に対するいじめの事実が認定され、神奈川県警は加害者グループ4人のうち3人を暴力行為処罰法違反(集団暴行)容疑で書類送検、1人を児童相談所に通告した。

 そんなことが、宏輝さんの凍り付いた心をとかすことはなかった。

学校でも会社でも

 翌年、高校を卒業した宏輝さんは、ビジネス系の専門学校に進学した。そこはそれまで通っていた高校とは、あまりにも様子が違っていた。クラスの雰囲気は荒涼として、学生たちはみんなバラバラ。友人同士、同じ時間を過ごし、一緒に成長していくような関係など望むべくもなかった。それでも両親を安心させるため、宏輝さんは一日も休まずに学校に通った。

 卒業後は大手家電量販店に就職した。ここでも人間関係の難しさに直面し、ストレスと闘う毎日だった。程度の差はあれ、それが社会の現実なのかもしれないが、宏輝さんにとって、やはり心の温度を取り戻せるきっかけはどこにもなかった。

 そんなころ、親戚の一人が両親に向かって「そろそろ真矢のことは忘れたら?」と言い放つのを耳にした。父親は「忘れられるわけはないだろう!」と激怒した。いじめによって、弟は未来を奪われた。忘れていいはずがない。近しい親戚だけに悪気はなかったのだろうが、それはあまりに無神経な言葉として、宏輝さんの心も突き刺した。

 時間は淡々と流れていく。宏輝さんの心は、弟がいなくなった「あの日」から凍り付いたままだった。「自分で意識はしていませんでしたが、ずっとうつ状態が続いていたと思います」と振り返る。

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