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医療・健康・介護のコラム

[神田陽子さん](下)「男に負けるな」を家訓に育ち、男ばかりの講談の世界へ…離婚し54歳で大学進学、認知症の母の介護も

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 女性ばかりの家族で「男に負けるな」と言われて育った講談師の神田陽子さん。男の世界に飛び込み、女性講談師の時代を築いてきました。46歳での結婚は7年で終わり、認知症の母を 看取(みと)りました。女の人生、つらいこともあったけれど、兄弟弟子と支え合って突き進んできました。「旦那と別れても、兄弟弟子とは離れられない」。家族について聞きました。(聞き手・渡辺勝敏、写真・秋元和夫)

父は死んだと言われて育ったが、実は離婚

[神田陽子さん](下)女系家族で「男に負けるな」を家訓に育ち、男ばかりの講談の世界へ…介護では認知症の母親を「絞め殺したくなった」

――女性ばかりのおうちで育ったそうですね。

 父は私が生まれてすぐに死んだと聞かされて育ったんですが、本当に死んだのかなと疑問に思うことはありましたね。実際は離婚でした。母は私を連れて東京の中野にある実家へ。

 警視庁に勤めていた祖父は32歳で亡くなったとかで、祖母は女3人男1人を生み、子ども4人を一人で育て上げたんです。母は3番目。しっかり者の祖母からは「女の子も勉強して仕事をしないと駄目。男に負けるな」と言い聞かされて育ちました。

――なかなか性根の座ったおばあさまですね。

 祖父が亡くなって間もないころ、祖母は芸者さんの着物を仕立てる和裁の仕事をしていたんですが、それではとてもお金が足りない。あまりつらいので、祖母は「もうみんなで死のう」と考えたそうです。一番上だった伯母が7、8歳のころ、「私が納豆売りをするから死なないで」と言うので、祖母は思いとどまったと。この話は繰り返し聞かされました。その後は、小学校の前で文房具屋を開いて駄菓子も置いて、不動産の仕事を始めてアパート経営も。一家の大黒柱として支えてくれました。

フーテンの寅さんのような伯父

――小学2年生で東映児童劇団に入ったのが、その後の芸能活動のきっかけだそうですが、おばあさまの考えですか。

 私は一人っ子でわがままだったみたいです。劇団だとバレエや歌、演技、礼儀作法も教えてくれていいだろうと祖母は考えたようです。島倉千代子さんや山田五十鈴さんとか芸能界が大好きな人で、土、日曜日には、練馬区の大泉学園にある東映の撮影所に連れていってくれて、若いお母さんを集めて「ラーメンごちそうするよ」って親分みたいでしたね。子役は楽しくて、ステージおばあちゃんでした。

――ほかのご家族はどのような方たちですか。

 伯母や伯父たちが家を出てからは、祖母と母と私の3人暮らし。祖母が一家の面倒を見ていたので、母は「自分の道は自分で切り開きなさい」と言うぐらいで、私の姉のような感じでしたね。伯父は、フーテンの寅次郎のような感じの人で、漫才だとかコント、演劇をやって全国各地を旅していて、たまにうちに帰ってくるんです。講談を始めて、田辺一鶴先生のところにも弟子入りしていました。私が文学座の演劇研究所にいる時に、この伯父に山陽師匠のテープをもらって、一人で何役もする講談に魅せられて弟子入りを志望しました。

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