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Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

乳がん検診は受けた方がよいのですか?

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乳がん検診は受けた方がよいのですか?

イラスト:さかいゆは

 毎年10月は「ピンクリボン月間」で、今年も各地で様々なイベントがありました。「乳がん検診を受けましょう!」という言葉を目にする機会も増えたと思います。

 「自治体からのがん検診の案内も来ているし、やっぱり受けた方がいいのかな」

 「でも、マンモグラフィー(乳房エックス線撮影)は痛いっていうし、わざわざ申し込むのも面倒くさいし、行かなくていいかな」

 そんなふうに、乳がん検診を受けるかどうか、考えを巡らせた方も多いと思います。

検診にはメリットもデメリットもある

 2022年国民生活基礎調査によると、40~69歳の女性で、過去2年間に乳がん検診を受けた人は47・4%。受けるかどうか悩んだ末に、受けた方もいれば、受けなかった方も少なくないのでしょう。

 この季節に限らず、「乳がん検診は受けた方がよいのですか?」という質問はよく受けます。

 私は、「日本では、40歳以上の女性に、2年に1回のマンモグラフィー検査が推奨されている」という事実を伝えつつ、こうお話しします。

 「検診を受けることのメリットとデメリットをよく理解し、自分で納得して判断することが重要です」

 そして、乳がん検診のメリットとデメリットについて説明します。

 乳がん検診のメリットは、乳がんで死亡するリスクを減らせることです。

 1970年代から1990年代にかけて、欧米を中心に行われたいくつかの臨床試験で、マンモグラフィー検診で乳がんによる死亡が減ることが示されています。七つの大規模なランダム化比較試験(対象者を複数のグループにランダムに分け、治療法などの効果を検証する試験)に参加した合計60万人以上のデータを統合解析したところ、マンモグラフィー検診を受けることによって、乳がんで死亡する確率は、約19%減少していました(1)。約2000人が検診を受ければ、1人の命が救われる計算となります。

 日本対がん協会が2017年度に行った乳がん検診の結果によれば、2000人が乳がん検診を受けた場合、「乳がんのうたがいあり(精密検査が必要)」となるのが89人で、そのうち81人が実際に精密検査を受け、5人が乳がんと診断されます。これは、1回の検診結果ですので、繰り返し乳がん検診を受けていれば、乳がんが見つかる人は増えていきます。

 前述のランダム化比較試験によれば、そうやって乳がんと診断され治療を受けた人のうち1人は、乳がん検診を受けていなければ乳がんで命を落としていたはずのところ、命が救われたことになります。

 命が救われるのは、2000人のうち1人程度ですが、その「1人」にとっては、乳がん検診を受けたおかげで、運命が大きく変わることになります。これが、乳がん検診を受けるメリットです。

 命が救われることはなくても、乳がん検診で乳がんを見つけられた人の中には、早く治療を受けられて「いい状態で長生き」ができたり、より軽い治療で治せたり、というメリットを受けている可能性はあります。検診を受けて異常なしと言われる「安心感」をメリットと感じる方もいるでしょう。

「過剰診断・過剰治療」の問題

 一方で、デメリットについても理解しておく必要があります。これまでの研究で浮かび上がってきたのは、乳がん検診で乳がんと診断された患者さんのうち、10~30%は、「過剰診断・過剰治療」だという事実です。乳がん検診を受けていなければ、乳がんと診断されることはなく、当然、乳がんの治療も受けていなかったはずのところ、乳がん検診を受けたがために、乳がん患者となってしまい、手術や薬物療法を受けることになってしまったわけです。「過剰診断・過剰治療」となっている人は、乳がん検診で命を救われた人よりも多く存在しているはずですが、どの患者さんがどちらに該当しているかはわかりませんので、同じように、「早く見つかってよかったですね」という説明を受けています。

 よりわかりやすいデメリットとして、「検査に伴う苦痛・不安」があります。具体的に挙げると、

  • 検診を受ける負担(時間、費用、仕事を休むこと)
  • マンモグラフィー検査を受けるときの痛み、恥ずかしさ、放射線被ばく
  • 「要精密検査(乳がんのうたがいがある)」と言われたあとの不安感
  • 精密検査(針生検など)を受けるときの痛み、合併症

 などです。

 がん検診を受けること自体にデメリットがあり、精密検査を受けることになった人には、さらなる苦痛や不安がもたらされます。多くの方は、精密検査の結果、「乳がんではありませんでした」と言われて、 安堵あんど できますが、その人は、そもそも、乳がん検診を受けていなければ、そんな苦痛や不安を味わうことはなかったわけです。

 検診で異常が指摘され、精密検査が必要と言われたのに、がんではなかったという場合を、「偽陽性」と呼びます。がん検診の種類によって偽陽性の割合は異なりますが、「がんのうたがいがある」という結果で過剰に不安になってしまわないように、自分の受けた検診での偽陽性の割合がどれくらいかを知っておくことも重要です。乳がん検診の場合は、マンモグラフィーで異常が指摘され、要精密検査となっても、約95%は乳がんではありません。

 逆に、検診でがんのうたがいはないと言われたのに、その後症状が出たりして、検診以外でがんが見つかる場合を「偽陰性」と呼びます。がん検診で「異常なし」と言われると安心できる、という方もいますが、がんがあっても見つけられないことはよくありますので、がん検診が完璧だとは過信しないことも重要です。

 これら、「過剰診断・過剰治療」「検査に伴う苦痛・不安」「偽陽性」「偽陰性」などが、がん検診のデメリットです。

 これらのデメリットがあっても、乳がん死亡を減らせるメリットがあるから、乳がん検診は推奨されています。でも、そのメリットとデメリットのバランスを判断するのは、各個人です。デメリットが確実にある一方で、メリットを受けるのはごく一部のみですので、「絶対受けた方がよい」とまでは言えません。

 簡単に理解できる話ではないかもしれませんが、とても大事なことですので、ぜひ自分の問題として考え、ご家族やご友人とも議論してみてください。

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高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

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