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脳死臓器提供、悩む家族「生前の意思表示あれば…」

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「心理的負担」指摘

 国内で先月、臓器移植法施行以来、1000件目となる脳死下の臓器提供があった。臓器提供は近年増加傾向にあるが、各国と比べると大きく見劣りする。提供数を増やすカギになるとみられているのが、運転免許証やマイナンバーカードなどの記載欄を用いた「生前の意思表示」だ。(野口恵里花)

■苦悩の末

 「生前の意思表示があれば、もっとすんなり臓器提供を承諾できた」

 約10年前に兄・直樹さん(当時60歳)の臓器提供を承諾した元教諭、山野英夫さん(64)=写真=はそう語る。

 直樹さんは独身で、山野さん家族と西日本で同居していた。その日、自転車で買い物に行った帰りにバスにはねられ、頭を強打して重体に。翌日、病院の移植コーディネーターから山野さんに対し、臓器提供の選択肢が示された。

脳死臓器提供、悩む家族「生前の意思表示あれば…」
脳死臓器提供、悩む家族「生前の意思表示あれば…」

脳死下で臓器提供した山野直樹さん(弟・英夫さん提供)

 直樹さんは臓器提供について意思表示はしておらず、本人の意向はわからなかった。両親は他界し、相談できる相手もいない。「兄とはいえ、他人の体を傷つけていいものか」と、半日ほど思い悩んだ。

 頭に浮かんだのはテレビで以前に見た光景だった。移植を受けた子どもたちがスポーツ大会で元気に走り回っていた。「あんなふうに誰かを元気にできるのなら、兄も悪く思わないはずだ」と承諾を決めた。

 本人の意思表示があれば迷わなかったと感じている。山野さんは現在、自身の体験を講演で語り、「生前の意思表示は、残された家族の負担を減らすことにつながる」と訴えている。

■家族承諾8割

 臓器移植法の施行当初、脳死下の臓器提供はドナー(臓器提供者)本人の書面による意思表示が必要で、提供数は年間数件~十数件程度に低迷した。2010年の法改正で家族の承諾による臓器提供が可能になると、提供数は増加。昨年は93件で、うち77件(83%)が家族承諾だった。

 だが、家族が承諾することで初めて脳死判定が行われ、患者の「死」が確定することもあって、提供を承諾するかどうか選択を迫られる家族の心理的負担の重さが指摘されている。

 日本臓器移植ネットワーク(JOT)が21年にドナー家族約200人を対象に行った調査では、臓器提供をして「よかった」とする人が87%に上る一方、40%は提供後に「困っていることがある(あった)」とし、多くの人が「自分の気持ちの問題」を理由に挙げた。「私一人で決めてしまって良かったのか」といった声があったという。

■啓発が重要

 生前の意思表示を増やそうと、厚生労働省やJOTは自治体で意思表示カードを配布したり、駅にポスターを掲示したりしてきたが、こうした啓発が成功しているとは言いがたい。

 内閣府が21年に18歳以上の3000人を対象に行った調査では、臓器提供をするかどうか意思表示をしている人は10・2%にとどまり、13年調査時の12・6%から低下している。

 臓器提供の啓発に詳しい同志社大の瓜生原葉子教授は「より具体的で記憶に残る啓発でなければ、意思表示の行動に結びつかない。国やJOTは今まで以上に工夫を凝らし、メディアとも連携して広く人々に訴え続けていくことが重要だ」と指摘している。

健常者と同じ生活「感謝」

 脳死ドナーから臓器提供を受けた人は、感謝の思いを胸に生きている。

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 数年前に肝臓移植を受けた浜松市の会社員、田原克哉さん(43)=写真=は、生まれつき胆道が細い「胆道閉鎖症」で肝機能が悪化し、だるさや合併症で、仕事の休職も余儀なくされていた。

 日本臓器移植ネットワークに移植希望登録をしてから約8か月後、医師からドナーが見つかったと伝えられた。「ドナーはどんな人で、家族は今、どんな気持ちなんだろう。自分が受け取っていいのか」といった考えが頭を巡り、その日はよく眠れなかったという。

 翌日行われた手術は成功した。現在は朝晩に免疫抑制剤を服用しているが、家族旅行で一日中歩き回ったり、5キロのマラソン大会に出場したりと、健常者とほぼ変わらない生活だ。

 「当たり前の日常を送れる幸せを実感しており、ドナーには感謝の気持ちでいっぱい。救われた命だからこそ、ドナーの方に恥じない生き方をしたい」

  ◆臓器移植法 =1997年6月に議員立法で成立し、同10月に施行された。脳死を人の死とし、脳死下の臓器提供を可能にした。2010年の法改正では家族の承諾による臓器提供のほか、15歳未満からの提供も認めた。

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