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清原和博さんは「究極の仕事人間」だった…誰でも依存症になる可能性がある[薬物依存症<上>]
薬物依存症患者というと、どんなイメージを持つだろうか。目がくぼみ、頬がこけ、青ざめた表情で「クスリをくれよお!」と叫ぶ、刑事ドラマに出てくる常習者の姿や、「ダメ。ゼッタイ。」といった薬物乱用防止の標語などから、「誘惑に負けやすい意志の弱い人たち」と考える人が多いかもしれない。しかし、依存症研究の第一人者、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存研究部長は「仕事や学校、家庭での日々つらい状況の中で、懸命に孤軍奮闘してきた人がなりやすい」と話す。「依存症はあくまでも病気。誰でもなる可能性がある」という松本医師に最新の知見を聞いた。(デジタル編集部・長谷部耕二)
日本の仕事中毒人間の典型だった清原さん
![清原和博さんは「究極の仕事人間」だった…誰でも依存症になる可能性がある[薬物依存症<上>]](https://image.yomidr.yomiuri.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/20231101-249-OYT1I50101-N.jpg)
心に痛みを抱えた依存症患者さんを優しい笑顔で迎え入れる松本医師(東京・小平市の国立精神・神経医療研究センターで)
松本医師はプロ野球の西武や巨人などで活躍した後、覚醒剤取締法違反で有罪判決を受けた清原和博さんの主治医としても知られる。
清原さんの語り下ろし本「薬物依存症の日々」(文春文庫)では、松本医師が解説を書いている (「解題――人はなぜ薬物依存症になるのか?」) 。
清原さんについては、個人的に「PL学園で甲子園に初出場以来、プロ野球の西武、巨人を通じてのスーパースター」「銀座や六本木で豪快に遊ぶ『番長』」などのイメージがあった。
しかし、この本を読むと、清原さんは野球に対して、きわめて真面目な完璧主義者であり、酒好きではあったが趣味はなく、ゴルフにもギャンブルにものめりこめない、「野球にしか夢中になれない野球人間」だったことがつづられている。
松本医師は清原さんを「野球一筋、究極の仕事人間。日本の仕事中毒(ワーカホリック)人間の典型と言ってもいい」と話す。清原さんほどではないにせよ、仕事好きで無趣味、たまにお酒を飲んで憂さ晴らしをするような人たちは日本中のあちこちにいる。

巨人軍の宮崎キャンプで、連日のフリーバッティングに熱が入る清原選手(2003年2月、宮崎市営野球場で)

プロ入り通算500号本塁打を達成し、高橋由伸選手(右手前)から笑顔で花束を受け取る巨人の清原選手(2005年4月29日、広島市民球場で)
依存症のキーワードは「孤立」と「頑張る」
仕事で出世した人は自分で頑張って努力して、成功をつかんだケースが多い。研究によると、人間は独力で苦境を打破して、うまくいった時、自分が目標達成能力を持っていると認識した時(自己効力感)、「俺、やったぜ!」と、脳に快楽物質(ドーパミン)が大量に出るのだという。
だから、仕事人間は逆境に遭った時も、人の力を借りず、何とか自分一人で解決しようとすることが多い。
松本医師によれば、人が「孤立」状態で、困難な苦しい状況に追い込まれた時、何とか頑張って窮地を切り抜けようとして、「何かに頼ろう」「1回だけ薬を使おう」と考えることが、依存症の入り口になる場合があるという。
また、生きがいだった仕事などを失い、「孤立」状態の時、心にぽっかりと大きな穴が開いたような喪失感を埋め、寂しさや不安を紛らわすために、アルコールや薬物に頼ることで、依存症に陥るケースもある。
「特に有名人で称賛を受け続けてきた場合、それがなくなると、ダメ人間になったように感じる。それまで周りにいた人間も離れていき、強い寂しさを感じるようになる」
松本医師は「生きにくくなった現代社会で、心に痛みを抱え、薬物などで一時しのぎを続けた上で、いつしか自分でコントロールできなくなって生活が破綻する。これが依存症の全貌です」と語る。
国連「薬物は司法でなく健康の問題」

ブラジルの治安当局は麻薬組織の制圧作戦のため、軍や警察の特殊部隊約3000人を動員、警察のヘリコプターも参加して、リオデジャネイロのホシーニャ地区を制圧した(2011年11月)=ロイター
松本医師は1961年から世界中で始まった、薬物を規制し、所持や使用を厳しい刑罰の対象とする「厳罰政策」に批判的だ。日本で今なお続く政策だが、欧米では失敗だったと、とらえられているからだという。
大きな理由として、松本医師が挙げるのは以下の四つだ。厳罰政策の開始後、(1)世界中のアヘンやコカインの生産量と消費量が逆に激増した(2)薬物犯罪によって刑務所に収監される者が増え、施設の新設に巨額の税金が投じられた(3)薬物の過剰摂取による死亡者が激増した(4)薬物密売で巨利を得た反社会勢力が、政府の力では対抗できないほどの巨大組織に成長した――ことである。
「2016年、国連の麻薬特別総会で『薬物問題は司法問題ではなく、健康問題とすべき』との決議をしました。今年6月には、国連人権高等弁務官事務所が懲罰的な薬物政策をやめるように勧告も出しています」
患者の回復を妨げる「薬物依存者」という烙印
しかし、「ダメ。ゼッタイ。」の日本では、著名人や芸能人が薬物事件で逮捕されると、ワイドショーや週刊誌などで激しいバッシングやセンセーショナルな報道が行われる。
松本医師は語る。「たとえば、清原さんや人気俳優などの場合、逮捕後、報道陣が護送中の顔を撮影できるように、護送車のカーテンが開かれていた。大量殺人の容疑者などではなく、薬物事件の容疑者が『市中引き回しの刑』にされるのは納得がいかない」
保釈されても、警察署の前で謝罪を強いられ、車やバイクで追跡されるので、自宅にも戻れない。「この一連の流れが患者の精神状態に深刻な悪影響を及ぼし、自殺を考えるほど、精神的に追い詰められていく」
さらに、患者の回復で最大の障害となるのは、「あいつは薬物依存者だ」という「
「薬物依存症の日々」や松本医師によると、清原さんは執行猶予期間中、新宿や渋谷、羽田空港などで、警察官と顔を合わせると、職務質問され、尿検査を受けさせられることがたびたびあったという。
松本医師は「白昼、警察官に犯罪者のように取り囲まれ、尿検査を強制される。これは屈辱的なことですよね。いかに更生の妨げになるかを考えていない」と指摘する。
また、薬物事件で実名報道された場合、今はネットで簡単に氏名を検索できるので、保釈後や服役後の再就職が大変困難になる。スーパーのレジ打ちなどでも、断られたケースがあるという。
患者の中には、家族や友人も離れていき、「俺は社会から白眼視されている」「治療をこんなに頑張っているのに、信用してもらえないのか」と感じ、「クスリをやめてるのに、疑われるぐらいなら……」と、再使用に向かってしまう者もいるという。
「『薬物を一度やったら人生終わり』というのは、ある意味本当で、薬物ではなく、社会が人を殺している。依存症から抜け出ようと悪戦苦闘している人を、社会制度がさらに苦しめていいのだろうか」
患者を「孤立」から救う
「厳罰主義は時代遅れ」と強調する松本医師だが、それでは、どうすればいいのだろうか。
松本医師は「依存症になって、一番傷つくのは患者本人だ」と話す。もともとゆがんだ人間関係の中で、悩みや苦しみ、心の痛みを抱えていた。そのうえ、依存症によって、健康を害し、生活が壊れ、差別や偏見にさらされる。
「人とつながれなくて、孤立しているから、依存症になった。だから、心に痛みを抱えている人を孤立から救うことが大切。苦しんでいる人が早い時期から、周囲に助けを求められるような社会づくり、そのSOSを受け止められる社会・医療システムの整備が必要だと思う」
相談したい時は「依存症対策全国センター」へ

「家族や友人が心配なら、ぜひ相談窓口や専門医療機関に相談してほしい」と話す松本医師
肉親や友人が依存症かもしれないと思ったら、私たちはどう対処すればいいのか。
松本医師は 「依存症対策全国センター」 ( https://www.ncasa-japan.jp/ )のホームページに掲載された各地の相談窓口や依存症専門の医療機関に相談してほしいという。このサイトには、アルコール、薬物、ギャンブルの依存症について、それぞれの症状や兆候も記載されている。
薬物使用者を診察した医師は法律上、警察に通報してもしなくてもいいという。「相談すれば、警察に通報されてしまうのでは」と心配する人もいるが、ここに掲載された所なら、「相談や診察を優先してくれるから、まず大丈夫」(松本医師)だという。
次回は松本医師が「緊急の課題」という「10代の子どもたちに蔓延する市販薬」の問題を考える。
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