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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

日本は感染症診療で発展途上?…新型コロナウイルス感染症の「手引き」から考えてみた

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 新型コロナウイルス感染症の「手引き」を厚生労働省が作ったのは2020年3月。つまり、まだ日本ではコロナの大規模な流行が起きていなかったころのことです。

https://www.mhlw.go.jp/content/001136687.pdf

手引き<ガイドライン

日本は感染症診療で発展途上?…新型コロナウイルス感染症の「手引き」から考えてみた

 当時はまだこの感染症について十分な知識も経験もありませんでしたが、中国・武漢からの帰国者やクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で感染した患者の受け入れ体験などをもとに、なんとか診療に役立ててもらおうと手引きを作ったのだと思います。当時はこの国難を乗り越えようと、皆が必死でしたから。

 その後、手引きは状況の変化に応じて何度も何度も改訂がなされてきました。新たな治療薬が模索され、エビデンス(科学的根拠)が蓄積されてきました。期待された治療薬が、検証してみるとさしたる効果がないこともありました。そうした薬はいったん、手引きに紹介されましたが、程なく改訂時に削除されたりしました。

 日本語の手引きには「ガイドラインにはまだ至っていないよ」というニュアンスが含まれています。ガイドラインの作成には正式な手続きやエビデンスの包括的な収集と吟味が必要で、かなりの難作業なのです。危機に対応しながら、即時的に情報を吟味し、まとめあげるのは難事です。

 日本では感染症の専門家が絶対的に足りません。多くの人は現場で直接、感染症の診療、対策をしつつ、こうしたガイドライン作りも同時進行でやるわけです。特に初期の段階では質の高いエビデンス自体がほとんど存在しなかったので、「ガイドライン作り」が難事なのは必然でした。手引きで我慢するのもやむを得なかったと思います。

科学とは境界線を引くこと

 とはいえ、米国の国立衛生研究所(NIH)は、2020年4月の段階でCOVID-19の診療ガイドラインを作成していました。そこではフォーマルなガイドライン作りが行われ、エビデンスの質の高さがI、II、IIIと分類され、そのエビデンスに基づく推奨の強さがA、B、Cで分類されました。これがフォーマルなガイドラインのやり方なのです。質の高いエビデンスがあり、推奨に値するならば、ガイドラインでは「AI」という書き方をします。これはもう、「ぜったいやったほうが良いよ」くらいの強いエビデンスと、強い推奨です。一方、エビデンスの質が高くなくて、強く推奨できない場合もあります。CIIIと書いてある場合は、「まあ、考えてもいいけど、特にオススメってほどでもないよ」という意味がほのめかされています。

 NIHの2020年4月のガイドラインは悲しいものでした。なにしろ、確たるエビデンスはほとんど存在しないのですから。よって、ガイドラインには「安全で有効とわかっている治療法は存在せず、推奨できる方法もない」(AIII)と言明するしかなかったのです。

https://files.covid19treatmentguidelines.nih.gov/guidelines/archive/covid19treatmentguidelines-04-21-2020.pdf

 とはいえ、これこそが科学的な言明です。科学的な態度とは科学が万能であることを主張することではなく、「ここまでが科学的に分かっている。ここから先は科学的にははっきりしていない」という「知っている、知らない」の境界線を引くことだからです。「科学万能主義に物申す」といった、科学への懐疑論をときどき耳にしますが、基本的にまっとうな科学者は科学を万能だなんて思っていません。科学が万能だと思っている人は、科学教という宗教の信者に過ぎないのです。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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