ウェルネスとーく
医療・健康・介護のコラム
[梅宮アンナさん](上)娘が高校2年生の時に「学校に行きたくない」と言い出した…その時にかけた言葉とは
奔放な恋愛でお茶の間を騒がせていたタレントの梅宮アンナさんは、シングルマザーとして仕事と子育てにまい進してきました。一人娘の百々果さんが高校2年生で不登校状態になった時、アンナさんがどう向き合ったのか聞きました。(聞き手・山口千尋、撮影・工藤裕之)
出産後まもなく離婚
――一人娘の百々果さんが生まれて間もなく離婚されました。
若い頃は、恋愛をしている自分が好きでした。でも、うまくいかないことがあって、「こんな思いをするくらいならやめよう」って思いましたね。
離婚してからはずっと一人。一日たりとも気持ちを休めないまま、フルスロットルでやってきました。
専業主婦だった母は、独り身の私のことを「かわいそう」と思っていたようです。でも、誰かに頼って暮らしていたら、その人が病気や亡くなった時に困ってしまいますよね。それなら一人のほうがいい。父は「どこかにお前のことを好きだって言ってくれる人がいるはずだ」と言っていました。
私は車の運転も電球を替えるのもなんでも自分でできるので、男の人を頼りにすることがありません。食事の帰りに「アンナちゃん送っていくよ」って言われても、「あ、いいです、自分で帰りますんで」と言っちゃう。かわいくないんです。男の人が好きそうな洋服や髪形もしないですしね。
「子育てしないで男とデート」とバッシング
――一人娘の百々果さんは21歳になりました。改めてシングルでの子育てを振り返ってみていかがですか。
本当に大変でした。渋谷にある実家の近くにマンションを借りて、仕事などで家を空ける時は、百々果を預かってもらっていました。実家の梅宮家は、父と母のほかにも、その友人や仕事関係者などいろんな人が集まり、にぎやかなサザエさん一家みたいなところでした。
そこで過ごした方が、さみしい思いをしなくてすむし、父親がいない穴を埋められると思ったんです。父も、少しでも百々果と一緒にいたいから「早く連れてこい」なんて言っていました。
――実家に預けられたら安心してお仕事ができますね。
ところが世間はそう受け取ってはくれませんでした。「育児放棄」「子育てしないで男とデート」とバッシングを受けました。それで決まっていた仕事がなくなってしまったこともあります。
最近は一人で抱え込まずに、ベビーシッターや行政サービスを頼りましょうという考えが主流ですが、当時は「母親が責任をもって子どもをみなければならない」という風潮だったんだと思います。色々と言われてかなり落ち込みました。
でも、世間に文句を言われても、百々果が悲しがっていなければそれでいいや、って思いました。
1 / 2
【関連記事】