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大川智彦「先手を打って、病に克つ」

医療・健康・介護のコラム

43歳で子宮頸がんと診断されたシングルマザー…病気になって小学生の娘に伝えたこと

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 若い女性、とくにシングルマザーにとって、医師から「がんです」と宣告されたときのショックは察するに余りあります。おそらく、「自分の命」よりも大切な「自分の子ども」のことを考えると、大きな不安に押しつぶされそうになることと思います。

 現代の医療では、がんを100%回避することはできません。ただ、「早期に発見し、治療する」、そして「がんを近寄らせない」は可能です。

同僚女性の経験で不安になり

子宮頸がん検診を毎年のように受けていたのに…小学生の娘を抱えたシングルマザーの驚きと決意

 宇都宮市に住む女性K・Nさん(43)が、セカンドオピニオンを求めて、私のもとにやってきたのは一昨年の秋でした。29歳で結婚、32歳で女児を出産しましたが、翌年には離婚を経験、アパレル関係の仕事をしながら小学生の娘さんを育てるシングルマザーで、病名は子宮 (けい) がんでした。

 そもそものきっかけは、職場の同僚女性が乳がんと子宮頸がんの検診を受けたこと。彼女はHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの接種歴はあったものの、子宮頸がんの細胞診で異形成(前がん病変)の疑いを指摘されました。さらに詳しい検査を受けたところ、がん細胞の発見には至らなかったものの、やはり軽度異形成が認められたため、定期的な経過観察を続けることになりました。

 同僚の話を聞いたとき、K・Nさんの頭の中に軽い不安がよぎりました。この年の夏ごろから、薄いピンク色のおりものが増加したような気がしていたのです。不正出血というほどでもなかったので、「40代に入ってホルモンのバランスが乱れたためかな」と軽く考えていましたが、同僚の話を聞くと、自分の体以上に、娘さんのことが気になってしまったようでした。

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大川智彦(おおかわ・ともひこ)

 佐野メディカルセンター理事。1969年、名古屋市立大医学部卒。放射線腫瘍医として (がん) 研究会病院放射線科などで勤務し、英国留学後、94年、東京女子医大放射線科主任教授に就任。その後、徳洲会病院グループ放射線科部門長、東京西徳洲会病院副院長・検診センター長、佐野メディカルセンター予防医療センター長などを歴任し、2019年より現職。

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