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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

介護保険未申請の70代友人女性を6年間、無償で介護「夫の介護もあり、自分が倒れそう」と悲鳴

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 ある日、A市の地域包括支援センターに、「自分は脳 梗塞(こうそく) のマヒがある夫の介護をしながら、友達の介護もしている。もうどうにもならない。いろんなことを頼んできて、こんな状態じゃ倒れてしまう」と相談があった。

 保健師が話を聞いてみると、この相談者Bさんは友人Cさん(70代女性)の介護を6年も続け、Cさんは2週間前に腰の圧迫骨折をして、今までより活動力が低下した状態であるという。2人は生け花教室の師弟関係で、長年、公私ともに仲良くしてきたこともあり、Cさんに介護が必要になったとき、Bさんはボランティアで買い物に行ったり、食事を作ったり、掃除をしたりなど身の回りの世話を続けてきた。Cさんの夫はすでに他界し、子どもは海外に暮らし、もともと不仲で疎遠である。家は持ち家で、年金で何とか暮らしていた。

 保健師がCさんの家を訪問すると、「介護保険は受けたくない。何で受けなくちゃいけないのか。自分は周りの人に助けてもらって生きているから困っていない」と言う。

 さて、どうするか。

 地域包括支援センターで働く保健師が話してくれたケースです。Cさんは介護保険を申請しておらず、その申請を促してもなかなか首を縦に振らない。子どもとも疎遠で、熱心に介護してくれている友人のBさんは疲れ果てている状態。どのようにCさんに必要な支援を届け、Bさんの負担をどう軽減するか、悩んだそうです。まずは、Bさんの介護負担を軽減するためにも、Cさんの介護保険申請が必要と考えました。

「介護保険を申請したら友人との関係が切れてしまう」

 保健師が何度か家に足を運ぶうち、Cさんは、Bさんとの関係も含めて昔話をしてくれるようになりました。介護してくれるBさんは、とても優秀で自慢のお弟子さんであり、BさんもCさんを師匠として尊敬しているからこそ、無償で長い間、介護をしてきてくれたということがわかりました。Cさんから時間をかけて話を聞きながら、Bさんの家庭状況も聞き取っていきました。

 Cさんに「介護保険の申請をしてはどうか」と何度か勧めたのですが、いつも「申請はしたくない」の一点張り。ある日、Cさんは「申請したら友達との関係が切れてしまうでしょう……」と言いました。保健師は「そういうことだったのか」と本人の思いが理解できたそうです。保健師は「介護保険というのは、申請してもすべての生活支援ができるわけではないので、公的な支援を受けながら、お友達にも来てもらい、助けてもらえるといいですね」と伝えました。それでも女性は納得したようではなく、暗い顔のままでした。

友人の言葉で渋々、介護認定を受ける

 保健師は、次の訪問ではBさんに同行してもらいました。介護保険を申請してもBさんとのかかわりが切れるわけではないことを、Bさん自身から伝えてもらおうと思ったのです。Bさんとは地域包括支援センターで相談に乗ってから何度も話し、「一切かかわりたくないわけではないが、今の状況は夫の介護もあってとても苦しい。何とかもう少し負担が軽減できないか。尊敬していることには変わりはない」と聞いていました。

 保健師は、「Cさん、介護保険申請をしませんか? Cさんの気持ちはこの前うかがって理解しました。ご友人との関係が切れてしまわないか、悩んでおられたのですね。今日はご友人にも来ていただきました」と伝え、Bさんに対して「介護保険の申請をしても、友達関係が切れてしまうわけではないですよね?」とたずねると、「ええ、変わらないですよ」とBさんがはっきりと答えてくれました。その時、10秒くらい沈黙があったそうです。その後、Cさんは「もう、これじゃ話が進まないわね。じゃあ、介護保険受けるわよ」とポツリと言ったそうです。保健師は介護保険申請を一緒に行い、介護認定が出た後はケアマネジャー(介護支援専門員)に引き継ぎをしていきました。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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