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医療・健康・介護のコラム

[水越けいこさん](上)ダウン症の息子と31年 「生まれたばかりのわが子を抱っこできなかった」

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 水越けいこさんが作詞作曲し、1979年に発表した楽曲「生まれ変わる為に」には、こんな一節があります。

 命おとしてもあなたについて行けそう
 もう何も迷わない これから二人歩く
 胸をすぎていった なつかしい人の横顔
 ふり向けば楽しい事ばかり 今になれば

 ラブソングとしてファンの人気が高い作品ですが、その後の水越さんの人生を考えると、また違った示唆が見えてきます。86年に結婚し、92年に授かった息子さんはダウン症と診断されました。その後、シングルマザーとなり、悲しみや落胆、そして喜びや幸福に包まれながら、一歩ずつ二人三脚で進み、今年、息子さんは31歳になりました。(聞き手・染谷一、撮影・小倉和徳)

夫の両親に「すいません」と謝ってしまった

[水越けいこさん](上)ダウン症の息子と31年 「こんな母親だけど、彼に育てられました」

――母子2人で過ごしてきた30年余りを10年ごとに区切ると、いつが一番大変でしたか?

 やはり、息子が体調を崩すことが多かった幼少期です。私が離婚してシングルマザーになったこともあり、弱い自分がたくさん出ました。夜、息子がベッドで寝ついた後、一人でわんわん泣いたこともありました。

――息子さんが生まれ、医師からダウン症と言われたとき、どう感じたのですか?

 出産の翌朝に、病院内の小さな部屋に呼ばれたんです。何の話かわからなかったのですが、息子の障害について聞かされるとは、予想もしていませんでした。だから、医師から「ダウン症です」って言われたときには、「うそでしょ!」と、ショックで頭がいっぱいになりました。部屋のガラス窓の向こう側で、看護師さんが私に見えるように息子を抱っこしていたのがわかったのですが、何も考えられませんでした。先生に「抱っこしてきますか」と言われ、思わず「ちょっと……、今はできないです」って言ってしまいました。そんなことを感じた自分が本当に情けないです。でも、どうにもならない自分がいて。

――もともと、子ども好きで、待望の自分のお子さんだったとのこと。

 はい。それだけに、病室に戻ってもショックを受けている私を見て、看護師さんから「事前にダウン症がわかったら、あなたは産まなかったの?」って言われました。そのときも、「わかりません」って答えたことを覚えています。夫の両親に会ったときにも、つい「すいません」って謝っていました。気が動転していたとはいえ、思い返すと本当に自分が嫌になります。

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