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介護・シニア

若年性認知症の女性が「働けるデイサービス」設立…介護サービス利用者も仕事して「給料」

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 介護サービスを利用するようになっても、地域の中で「できること」を生かして働き、誰かの役に立ちたい――。そんな願いをかなえ、社会参加を後押しする「働けるデイサービス」が広がり始めています。(田中文香)

清掃や草むしり

働くデイサービス じわり…「地域で役立てる」いきいき

スタッフらとおしゃべりしながら、笑顔で草取りをする「どんぐりハウス」利用者の女性

 「元気で働けるのは、ありがたいことじゃ」

 岡山市のスーパー「コープ西大寺」の駐車場。近くのデイサービス「どんぐりハウス」に通う女性(80)は草むしりをしながら、そう言ってほほえんだ。

 水分補給も挟みながら、約30分かけて丁寧に雑草を抜き終わると、デイサービスのスタッフに「きれいになりましたね。お給料もらいに行きましょう」と促され、店内へ。女性は店長の堤厚也さん(48)から「ありがとうございます」と言葉をかけられ、謝礼金の200円を受け取った。

 そのまま売り場を回り、クリームを挟んだ焼き菓子を買った女性は、「体を動かすことも、甘いものも大好き。買い物ができて楽しい」と満足そうだ。

 「いつも、草むしりは従業員でやっているが、この時期はすぐに伸びるので助かる」と堤店長。女性が作業中に着けていたエプロンは、従業員とおそろいだ。

 岡山市は2021年度に、モデル事業「ハタラク」を始めた。地域の企業・団体から、清掃やダイレクトメールの 投函とうかん などの仕事を請け負い、デイサービスの利用者に、主に有償ボランティアの形で取り組んでもらっている。

 社会への参加を促し、心身の機能や意欲の維持・向上につなげるのがねらいだ。現在、市内のデイサービス3事業所が実施中で、ほかに、2事業所が準備を進めている。

 「どんぐりハウス」では、歩くことが好きな人には、地域内を散歩しながらダイレクトメールを投函してもらい、庭仕事が得意な人には草むしりをしてもらうなど、その人の「やりたいこと」や「できること」に合わせて取り入れている。

 スタッフが必ず付き添っているが、日常のケアの一環として行っていて、大きな負担はないという。

 「どんぐりハウス」管理者の早見満暁さん(53)は「ご本人が『自分にできること、地域で役立てることがある』と感じ、いきいきとしている姿は、見ていてうれしい。認知症の進行の抑制にもつながると期待している」と話す。

 同市では、高齢で介護が必要になった人が、まだまだ地域の中で何かの役割を担うことができるのに、社会参加を諦めてしまいがちな状況を変えたいと、「ハタラク」を始めたという。

 市医療福祉戦略室の江田大輔室長は「企業・団体にこの事業への理解を広め、介護事業所にも参加を呼びかけて、もっと多くの人が地域で活躍できるようにしていきたい」と話している。

有償ボランティア 今後の広がり期待

 介護サービスの利用者が有償ボランティアで謝礼金を受け取ることについて、厚生労働省は2018年に出した通知の中で、一定の条件の下で認めている。現状では、実施している事業所や協力する企業・団体は限られるものの、今後の広がりが期待されている。

 こうした取り組みの先駆けとなった、12年開設のデイサービス「DAYS BLG!」(東京都町田市)では、自動車販売店の展示車の洗車や、公園のベンチ拭きなどで、地域で有償ボランティアの活動実績を積み重ねてきた。

 居場所づくりの理念やノウハウを広めようと、介護事業所の取り組み支援や研修なども実施。「でいさぁびすはっぴぃ」など、系列の拠点は全国に15か所ある。

若年の当事者 自ら開設 昨年10月 「社会とつながる居場所に」

働くデイサービス じわり…「地域で役立てる」いきいき

「はっぴぃ」のメンバーやスタッフと一緒にマンションの駐車場を清掃する山中さん(中央)

 「みんな、きょうは何がしたい?」

 高知県香南市の「でいさぁびすはっぴぃ」の朝のミーティングで、この地域密着型デイサービスを運営する山中しのぶさん(45)が「メンバー」たちに尋ねた。

 ここでは、地元企業などから引き受けた清掃や農作業、洗車などの有償ボランティアに取り組んでいる。利用者を「メンバー」と呼ぶのは、施設スタッフと一緒に働く仲間だからだ。

 この日、3人のメンバーは、近くのマンションの清掃への参加を希望。山中さんやスタッフとともに、約30分間、協力しながら駐車場のごみを拾った。

 メンバーの岡田忠夫さん(66)は、「みんなで和気あいあいと話せるところが気に入っている」と笑顔で話した。17年ほど前に病気で倒れて会社を辞め、家にこもりがちだった生活が、ここに来るようになって変わった。この冬、謝礼金で妻にマフラーをプレゼントしたという。

 「はっぴぃ」を運営する山中さんは、若年性認知症の当事者だ。携帯電話販売の営業職として働いていた2019年に診断を受け、21年に退職した。

 「社会とつながり、『自分は一人じゃない』と感じられる居場所がほしい」

 そう考えていた頃、当事者仲間の紹介で、利用者が有償ボランティアとして働いているデイサービス「DAYS BLG!はちおうじ」(東京都八王子市)を見学し、「高知にも作りたい」と決意。昨年10月にこのデイサービスを作った。

 スケジュール管理や同時進行での作業など苦手なこともある。だから、スタッフに「できること・できないこと」を伝えている。職場の勤務シフト表の作成なら、誤りがないかチェックを頼むなど、協力して運営している。

 山中さんは「私がやりたいと思ったことを周囲が尊重してくれたから、『はっぴぃ』を開設できた。当事者の視点をいかして、メンバーさんのやりたいことや生きがいを一緒に見つけ、障害や認知症があっても当たり前に社会参加できるようにしていきたい」と話す。

「うちには無理」思い込み 「形になった」経験大切

働くデイサービス じわり…「地域で役立てる」いきいき

 認知症の人の社会参加について、介護現場に詳しい慶応大の堀田聡子教授=写真=に聞きました。

 ご本人の思いを「仕事」という形で実現する動きをもっと広げるには、「思い込み」を改める必要があります。

 先進的な取り組みを知っても、「私にはできない」「うちの人には難しそうだ」「私たちの事業所では無理」などと思ってしまいがちです。

 介護事業所には、「仕事を探すのは簡単ではない」「人手不足で手が回らない」などとためらう理由はいくつもある。認知症の人も、「迷惑はかけたくない」と諦めやすい。

 代表理事を務める一般社団法人「人とまちづくり研究所」では、6年前から、社会参加を進めるためにはどうしたらいいか、調査研究に取り組んできました。

 印象的な出来事がありました。利用者が「はたらく」ことに取り組むデイサービスに別の事業所の職員を派遣し、5日間、実習をしてもらいました。すると、利用者と職員が一緒に掃除をする姿を見た参加者から、「実習から帰ったら、お茶の時間の準備を利用者に任せてみたい」というアイデアが出たのです。

 「お茶と水のどちらがいいか尋ねる」「配膳する」などと役割を細分化し、一人ひとりの意欲や能力を見極めて分担する計画を話してくれました。職員と利用者がいつも、お世話をする・されるという関係になっていて、利用者の「やりたいこと」や「できること」を見逃していたのではないかと気付いたのです。

 ある介護事業所では、取り組みの検討段階で、「洗車の仕事で、万が一、車を傷つけてしまったらどうするのか」という点が議論になったそうです。それでも、関係者が集まって不安点を一つずつ話し合ったら、洗車を依頼する企業から「保険に加入しているので心配ない」と言われ、不安を解消できたということです。

 何か一つでも、「小さな願いが形になった」という経験が、空気を少しずつ変えていきます。認知症の人は「自分の思いを口にしていいんだ」と思える。希望がかなえば自信になり、さらにやりたいことが出てきます。認知症の人が働く姿を目にした地域の人が、「うちの親もできるかも」と気づくかもしれません。

 地域には、病気や障害の有無にかかわらず、子育てや介護中などで、働きたいのに働きにくい状況の人はたくさんいます。認知症の人の社会参加は、誰にとっても暮らしやすい地域づくりにつながります。(聞き手・小沼聖実)

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