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産業医・夏目誠の「ストレスとの付き合い方」

医療・健康・介護のコラム

定年退職後1年で命を絶った銀行マン、会社の威を借りて生きてきた…定年退職は喪失体験

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会社人間にとって定年退職は喪失体験…そこからどう脱出するか、やり方はある

あかださきこ

 私は40年以上、大企業を中心に精神科産業医を務めてきて、定年退職後の相談も受けてきました。心身の不調を訴える方もいますが、「行く場所がない」「やらなければいけないことがない」という悩みがベースになっていることがよくあります。そこで思うのは、会社中心の生活を送ってきたサラリーマンにとって、定年退職は行き先や居場所、自己イメージを失ってしまう喪失体験だということです。新たな趣味や仲間を見つけることで立ち直った方とたくさん出会ってきました。一方でやりたいことを見つけたり、仲間を作ったりするのに苦労する方もいます。これまでの経験から定年後に生きがいを見つけるコツを考えてみます。

家庭は妻に任せ、身軽になって仕事一筋

 エッセイストの故吉武輝子さんは銀行員の実父が定年退職後1年目で自ら命を絶つという経験をされ、「定年問題は人生最大の関心事」として関連する本を何冊か残されました。『夫と妻の定年人生学』(1987年、海竜社)では、父親の様子を細かく描いています。

 「明治生まれの父は、家庭は妻にまかせ、男は身軽になって仕事一筋に生きるもの、職業人としての成功は即、男の成功というこの方程式を疑いのないものとして受け入れ、実にキマジメに実行しつづけた人であった。大学を卒業してすぐさま入行して以来、五十五歳で定年退職を迎えるその日まで、父は“三菱銀行の”という“の”字つきの名刺だけを使って生きてきた」……。

 60歳定年が義務化されたのは1998年です。ここに示された生き方や価値観は、若い世代には違和感があるかもしれませんが、現在の管理職世代にはまだ化石のように生き残っているのではないでしょうか。

会社人間は会社の威を借りて生きる

 吉武さんは、さらにこう書きます。「三十年余にわたって、“の”の字の威力を発揮する名刺を使って生きていれば、いつしか、非力な個人としての己の能力、才能と、“の”の字の威力を混同するようになったとしても不思議ではないだろう」……。

 退職者の相談を受けていて思いますが、特に順調に出世した人ほど、会社の威を借りて生きることが心地良いからこそ、人生のほとんどの時間を会社員として生き、家事や育児、子育ては女性に任せっぱなしにしてきた面があることです。長時間労働をいとわない原因のひとつは、ここにあります。

 名古屋支店長まで務めた吉武さんの父は、定年後うつ病となり、自ら命を絶ちました。家では妻の後をついて歩いていたと言います。戦後世代は、当時とは異なり、退職後の長い人生を想定しているはずですが、定年を迎えた時、依然として多くの会社人間が「行く場所がない」「居心地の良い場所がない」状態に陥っています。そこは明治生まれの会社人間と違いがありません。

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夏目誠(なつめ・まこと)

 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会元理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。新著は企業の人事や産業医向けの「職場不適応のサイン」ウェブ書籍「メンタル・キーワード療法~5分でできる簡易セラピー」。
夏目誠の公式ホームページ」「精神科医マコマコちゃんねる - YouTube

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