大川智彦「先手を打って、病に克つ」
医療・健康・介護のコラム
糖尿病が急激に悪化した60代男性、その陰に隠れていたすい臓がん
スマホのiPhoneやタブレット端末のiPadなど、日本でも人気が高いアップル社の共同創業者であり、CEOも務めたスティーブ・ジョブズ氏がすい臓がんで亡くなったのは2011年10月のこと。まだ56歳という若さでした。文字通り、世界を変える活躍を見せた人物だっただけに、早逝を惜しむ声が世界中に広がりました。
聞いた話では、ジョブズ氏のがんは比較的、進行が緩やかなタイプだったようで、早期に切除すれば回復の可能性も高かったのに、9か月もの間、手術を拒否して、民間療法に頼った結果だったそうです。しかも、晩年には「手術を受けるべきだった」と後悔していたと伝えられています。
ジョブズ氏という不世出の才能を奪ったすい臓がんは、非常に予後が悪い存在として広く知られていますね。「闘将」としてプロ野球で活躍した星野仙一さん、無敵の大横綱だった千代の富士関(元九重親方)、米国ソウルミュージックの女王に君臨したアレサ・フランクリンさんらの命も奪った疾患です。
日本 肝胆膵 外科学会によると、すい臓がんの診断がついた段階で手術できる患者さんは約20%程度に過ぎません。その上、術後の再発率が高く、国立がん研究センターのデータでは5年生存率は10%にも満たないのです。
最大の理由は、症状が出にくく、発見が遅れること。手術できる可能性が少ないのは、転移をした段階で見つかることが多いのが理由です。ところが、思いがけないきっかけで、すい臓がんの発見につながることもあります。
急上昇した「ヘモグロビンA1c」で
現在67歳の男性K・Fさんは、50歳代に入ったころから、健康診断で「境界型糖尿病」を指摘されてきました。血糖値の状況を示す「ヘモグロビンA1c(HbA1c)」は5.8~6.2%の間を行き来しており(基準値は4.3~5.8%)、まだ薬剤治療などには至らないものの、医師からは食生活や日常的な運動など、適切な生活習慣が求められており、K・Fさんご自身も十分に注意しながら生活を続けてきました。
ところが62歳になった2017年、この数値がいきなり9.0%へと跳ね上がりました。一刻の猶予もなく、すぐに積極的な糖尿病治療が必要な状態です。「どうして急に……」と不安になったK・Fさんは、私のもとへ相談にやってきました。
話を聞いている最中、私の頭の中で嫌なアラートが点滅していました。実は血糖値の急激な悪化には、すい臓がんの合併が隠れている可能性があるからです。そんな私の悪い予感は、まもなく的中してしまうことになります。
私はK・Fさんに、ただちに専門病院での検査が必要なことを説明しました。近くのがんセンターの肝胆膵内科に紹介状を書き、なるべく早く受診するように指示しました。持病の悪化かと思っていたら、「がんの可能性も」と言われたK・Fさんは、かなり驚かれていましたが、すぐに私が紹介した専門医を訪れました。
がんセンターにおける精密検査の結果、画像診断ですい頭部に2.5センチ大の腫瘍が発見され、針を刺して細胞組織を調べたところ、悪性であることがわかり、すい臓がんが確定しました。
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