Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」
医療・健康・介護のコラム
テレビドラマの医療監修って何をするんですか?

イラスト:さかいゆは
がんをめぐるドラマ「幸運なひと」
このたび、ご縁があって、NHKドラマ「幸運なひと」の医療監修を務めました。
今年3月6日に、BSプレミアムで放送され、反響を呼んだこのドラマですが、新たに編集を加え、4月4日と11日の夜10時から、前・後編にわけて、NHK総合で放送されますので、ぜひ多くの方に見ていただきたいと思います。
一般に、医療監修がどのようなことをしているのかは、私もよく知りませんが、今回、「幸運なひと」のドラマづくりに、私がどのようにかかわったかをお伝えしたいと思います。
36歳の夫ががんになったとき、妻は……
このドラマでは、生田斗真さん演じる36歳の中学校の保健体育教師が、ステージ4の肺がんと診断されます。多部未華子さん演じる34歳の妻は、仕事で新たなチャンスをつかもうとしているところでした。突然がんと向き合うことになった2人は、戸惑い、悩みながら、「自分にとって一番大切なもの」を考え、本音をぶつけあい、関係を再構築し、夫婦として成長していきます。これまで先送りにしてきた「子供を持つこと」についても真剣に話し合います。
これは、「がん」をめぐる物語ですが、壮絶な闘病記でもなく、重い悲劇でもありません。がんという病気には、「死」「闘病」「つらい治療」といったイメージがつきまといますが、このドラマで描かれているのは、そういうイメージではなく、がんがあっても続く「人生」であり、「日常」であり、「ユーモア」です。
主人公は、「自分にとって一番大切なもの」を問われて、「普通に暮らしたい」と答えます。がんになっても、普通に暮らし、自分らしく生き、ささやかな幸せを感じられる、そんな日常が、等身大で描かれます。
このドラマで演出を担当した一木正恵さんは、24年前から、がんという病気をステレオタイプで描くのではなく、がん患者を通じて「ユーモア」を描くようなドラマを構想していたそうです。
ちょうどその頃に腫瘍内科医となった私は、がんという病気そのものよりも、がんをめぐる「イメージ」に傷つけられている患者さんを見てきました。そして、がん患者が、過剰なイメージから解放され、もっと楽に生きられるような社会にするにはどうしたらよいのかを考えていました。
若き日の思いが16年後に実る
共通の知人の紹介で、一木さんと私が出会ったのは、16年前のことでした。一木さんは、構想しているドラマの話をしてくださり、私は、若き腫瘍内科医としての思いを語らせていただきました。そして、「がんがあっても普通に生きる人間と、それを支える腫瘍内科医のドラマを作りましょう!」と意気投合しました。
ただ、この構想がすぐに実現することはなく、毎年の年賀状で、「今年こそは実現したいですね」というやりとりをしながら、長い熟成期間が過ぎていきました。この間、一木さんは、大河ドラマ「八重の桜」や、連続テレビ小説「おかえりモネ」など、数多くの作品の演出で活躍されていました。もう、がんのドラマはないのかな、と思いかけた昨年、一木さんから、「ついに実現できそうです!」というご連絡をいただきました。
私は医療監修を務めることになり、一木さんや、制作チームの皆さんと打ち合わせを重ねながら、主人公の病気や治療経過の設定から、セリフの言い回しまで、ともに考えさせていただきました。
このドラマの脚本を担当したのは、吉澤智子さんで、物語は、ご自身の夫をがんで亡くした実体験がもとになっています。
吉澤さんの思いに、一木さんの24年間の思いが重なって、今回のドラマが実現したわけですが、その中に、腫瘍内科医としての私の思いも織り込んでいただく形となりました。
なお、個人的なことですが、ドラマの舞台は、私が幼少期を過ごした横須賀で、ふるさとの魅力を再発見するきっかけともなりました。
一木さんとの面談には、私の患者さんにも参加してもらい、患者さんとしての思いを語っていただきました。また、がん研有明病院の医師や看護師にも意見を求め、 妊孕 性(子供をつくる能力)のこと、アピアランス(見た目)ケアのことなど、アドバイスをもらいました。主人公の病気が肺がんで、また、生殖医療や出産も関係するため、肺がんや産婦人科の専門家に、「医事考証」として加わっていただきました。
いろんな方の助けも借りながら、病気や病状の設定、診察室での対話、治療に用いる薬剤名、脱毛などの副作用の状況、主人公の体調変化、治験の設定など、細かいところを検討したわけです。
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