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「災害弱者」の避難支援<下>視覚障害者向けの防災地図 特別支援学校の生徒が作成…国交省は「触地図」を試作
目が不自由な人たちに、洪水などの水害が発生した場合の浸水の危険性や避難場所をどう伝えたらいいのか――。点字や音声、デジタル技術を活用して理解できる水害ハザードマップを普及させる試みが始まっている。
触感で地形理解
「目が見えない人でも、触って分かる立体地図です。近くの川が氾濫すると、学校が浸水することが分かるようになっています」
広島県立広島中央特別支援学校(広島市)で、視覚障害のある中学部3年の桝沢桜香さん(14)が、学校周辺の防災マップを説明した。同級生の福永結菜さん(15)と2年の時に社会科の授業で作った。
主要な建物や地形は、すべて手の触感で分かるように工夫されている。道路のアスファルトは紙やすりで表現し、病院や郵便局などの建物の位置には、地図記号の立体シールと点字を貼った。学校の北側を流れる太田川は、なめらかなセロハンで再現し、東に位置する松笠山(標高約374メートル)は、粘土で立体的に仕上げた。
マップは、上から薄いシートを重ねると、浸水想定区域が分かる仕掛けになっている。太田川が氾濫した場合、学校は浸水することが触覚で理解できる。土砂災害の警戒区域は、布で覆った。学校の敷地に布の一部が重なるため、土砂が押し寄せる恐れがあると分かる。
避難所 先に確認
同校の掲示板には、広島市が作成したハザードマップが貼られている。学校や周辺は、深さ0・5~3メートルの浸水が想定されており、地図上は薄いピンク色で示されているが、桝沢さんら2人には、危険性を読み取ることはできない。
そこで、鍵本元気教諭(30)が防災教育として、マップ作りを指導した。「災害を自分ごとと受け止め、普段からどの方向に逃げれば助かるのか考えておくなど、自ら行動する姿勢を身に付けてほしい」と狙いを語る。
「学校は、水害と土砂災害の危険があることが分かった」と話す福永さん。学校の南西にある戸坂小学校には浸水を示すシートが重ならないことを触れて確認し、「避難場所は小学校がいい」と仮説を立てた。実際に小学校周辺を歩き、石塀を触りながら、校舎やグラウンドが高い位置にあることを確かめた。
桝沢さんは「自宅の周囲でも、想定される被害や避難場所を把握しておかなければならないと思った」と言う。
国交省 手引で事例紹介
国土交通省の調査によると、洪水用ハザードマップは99%の市区町村で作成済みだが、点字や音声、手話動画などを活用したマップは41市区町村と、2・6%にとどまる。
そこで国交省は2021年12月、有識者による検討会を設置し、どんな情報を、どう提供するのがよいかの検討を始めた。地形を凹凸で表現した「触地図」などを試作し、視覚障害者らに使ってもらい、改良を重ねている。
東京都大田区に住む全盲の星山知之さん(61)が両手で触れていた触地図は、区内の地形を分かりやすくするため、高低差が27倍に誇張されている。多摩川が氾濫した場合の浸水想定区域や、木造家屋が倒壊や流失する恐れがある区域はザラザラとした触感にした。
星山さんは「リアリティーがあって、区内にも高低差があることを実感し、頭のなかで地形を整理できた。自宅の場所は、家屋倒壊の恐れはないことも確認できたので安心した」と話した。
検討会ではスマートフォンで住所を入力すると、近くの避難場所などを音声で自動回答するチャットボットの開発も進めている。3月末までに報告書をまとめる予定だ。国交省は「水害ハザードマップ作成の手引き」を改定し、先進事例を盛り込んで、全国の自治体に作成を促す方針だ。
検討会座長の田村圭子・新潟大教授(災害福祉)は「各自治体がマップを作成することで、地域のリスクについて話し合うきっかけを作ってほしい」と話している。
音声ファイルや手話動画作成も
障害者らに伝わるように工夫したハザードマップは、ほかにもある。
京都府福知山市は、視覚障害者向けに音声版をウェブサイトで公開している。地区ごとの主な施設で想定される浸水の深さや、家屋倒壊の想定区域のおおよその範囲などを、音声ファイルとして発信している。
東京都葛飾区は、スマートフォンの専用アプリで、地域ごとの氾濫水の到達時間などの情報を音声で聞けるようにしている。北海道石狩市は、聴覚障害者向けに、防災の心得などを伝える手話動画を作成し、動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開している。(野口博文)
◆水害ハザードマップ= 河川の氾濫による洪水や高潮、津波などが発生した場合の浸水想定区域や水深、避難場所、避難経路などを表示した地図。水防法などで市区町村に作成が義務づけられている。
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