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「災害弱者」の避難支援<上>医療的ケア児の「電源」どう確保する?
高齢者や障害者、医療的ケア児は、災害時の避難や生活で支援を必要とする。こうした「災害弱者」と呼ばれる人たちの命を守るための日頃の備えは、どこまで進んでいるのか。東日本大震災から、まもなく12年を迎えるのを前に、現状を追った。
個別の避難計画
「娘さんの体調はどうですか」「必要な道具を教えてください」
消防署員が、母親の朝永幸枝さん(41)に尋ねつつ、自宅から酸素ボンベやパルスオキシメーターといった医療機器、着替えなどの荷物を朝永さんの自家用車に運び込む。消防車両の誘導で避難先の佐賀県武雄市役所に到着すると、消防署員は車から三女・ 海羽 さん(11)を車いすごと降ろし、庁舎内に運び入れた。
武雄市が2020年から毎年実施している、医療的ケアを必要とする子どもを対象にした避難訓練の一幕だ。海羽さんは、毛細血管が石灰化して脳が 萎縮 する疾患や、生まれた直後から大動脈の一部が縮む疾患があり、酸素吸入などの医療措置が欠かせない。
訓練は、20年に海羽さん専用に作成された「個別避難計画」に基づいて行われている。計画には、災害時に支援が必要な人の避難の手順などが盛り込まれ、市は訓練のたびに問題点を見つけ、運用方法に細かな修正を重ねている。
医学の進歩を背景に、海羽さんのような医療的ケア児の数はこの10年あまりで倍増した。自宅で生活するケア児も多く、災害時などに地域で支える枠組みの強化が求められるようになった。
同市福祉部の後藤英明理事(55)は、「災害で想定される状況を網羅し、個別避難計画に最初から反映させることは難しい。訓練での気づきを生かし、進化させていくしかない」と強調する。
北海道の教訓
計画や訓練に加え、自治体が重視するのは、災害時に必要な医療機器の電源確保だ。
北海道 胆振 地方を震源とする18年の地震では、道内のほぼ全域で電力供給が止まる「ブラックアウト」が発生した。人工呼吸器が止まった人の救急搬送が必要になり、電源の備えに注目が集まった。
停電に見舞われた札幌市では19年10月、自宅で人工呼吸器を使用する障害者に対し、非常用電源装置の購入費の助成を始めた。
海羽さんの父・渉さん(41)は「電源は命に直結する」として、佐賀県で始まった補助を活用して蓄電池を購入した。使う機種によって24時間程度稼働させることができるといい、非常時に備える。
自動車も電源
川崎市では21年、三菱自動車の協力を受け、避難所でプラグインハイブリッド車(PHV)の電源を使って、人工呼吸器の外部バッテリーを充電する事業を始めた。同市が医療機関や国土交通省と検証・実証を重ね、医療機器用として安全に使えることが確認されたという。
大容量蓄電池を搭載している電気自動車(EV)やPHVは、停電時には電源にもなる。川崎市の土谷豊・危機管理担当課長(53)は「所有者の増加が見込まれる電動車を活用しない手はない」と話す。
長野県社会福祉協議会は22年度、医療的ケア児がいる家庭と、EV所有者のマッチングに乗り出した。災害時にEV所有者が、医療機器向け電源を必要とする近隣の人を支えることを想定している。現在は長野県内一部地域に限定されたモデル事業だが、23年度以降は対象地域を拡大する予定という。
◆医療的ケア児 =日常生活の中で、人工呼吸器の使用やたんの吸引、経管栄養などの医療行為を受けることが必要な子ども。厚生労働省によると、全国に約2万人いるとされる。
訓練実施の自治体 まだ15%
医療的ケア児や高齢者など、災害時に周囲の支援が必要な人たちを対象とした「個別避難計画」は、2021年5月に施行された改正災害対策基本法で作成が市区町村の努力義務となった。
内閣府と消防庁の調査結果によると、22年1月1日時点で、「全ての対象者で計画作成済み」と答えた自治体が8%、「一部の対象者で作成済み」が59%、1人分も作成できていない「未作成」は33%に上った。防災か福祉かといった役所内の縦割り行政や、支援する地域住民の高齢化などが障壁と考えられている。
医療的ケア児の場合、同じ病名でも年齢などで症状は様々で、気温や湿度によって必要な処置も異なる。計画に実効性を持たせるには、様々な関係者が関わりながら訓練を重ねる必要がある。一方、計画作成済みの自治体(一部作成済みを含む)のうち、計画を活用した訓練を実施しているのは15%にとどまり、非常時に計画通り進むかは、裏付けがないところも多い。
金沢医科大の中井寿雄准教授(災害看護)は、「非常時に計画が実際に機能するかどうかが重要だ。医療的ケア児の支援は画一的なアプローチでは難しいため、訓練を通じて個別の対応法を身につける必要がある」と指摘している。(長原和磨)
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