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認知症ポジティ部

医療・健康・介護のコラム

認知症の人に「演劇情動療法」、絵画を鑑賞してもらう取り組みも…感情を呼び起こすことで変化が起こるのはナゼ?

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 認知症の人の「感情の動き」を呼び起こそうという取り組みが始まっている。朗読劇で人間の温かな心を味わったり、絵画を見て感じたことを自由に話したりするプログラムを通じて、気持ちの落ち込みや焦りを和らげ、笑顔をもたらす試みだ。(田中文香)

暴言や抑うつ軽減狙い

朗読、絵画で感情刺激…感動、共感、満足感味わう

前田さん(左)の朗読に聞き入る入居者たち。涙を流す人もいた

 「うち、おとったんと死なにゃならんかったんじゃ」

 「わしの分まで生きてちょんだいよォー」

 原爆で一人生き残ったことに苦しみ、人を好きになる気持ちを押し殺している主人公の女性のもとに、亡き父が「恋の応援団長」として現れて背中を押す、井上ひさしの戯曲「父と暮せば」。舞台俳優の前田有作さん(54)の情感が込もった朗読に、80~90代の入居者たちが、時折うなずきながら真剣に聞き入る。「泣けてくるなぁ」とつぶやいて涙をぬぐう人もいる。

 社会福祉法人「ライフの学校」(仙台市)が運営するグループホームで前田さんが朗読劇を上演するのは2度目。

 2作品を1時間かけて演じ終えた前田さんは「皆さんのお父さんは、どんな人でしたか?」と問いかけた。お年寄りたちは「寛大で、『頑張れ』『いいぞ』といつでも言ってくれる大好きな父でした」などと、思い出を語り始めた。

 所長の岩槻幸展さん(41)は「夕食まで、『いい話を聞いた』と朗読劇の話題が続き、近所のお兄さんの出征を見送った悲しさを語る人もいた。よい刺激になった」と話す。

 朗読劇で、認知症の人に感動や共感、満足、うれしい、楽しいといった感情の動きを味わってもらう「演劇情動療法」。前田さんは約10年前から、認知症の専門医らと協力して取り組んでいる。

 大きな不安などで生じやすい、暴言や抑うつといったBPSD(行動・心理症状)の軽減がねらいだ。

 人生経験やこだわりは人それぞれで、好きな言葉や本、趣味なども違う。前田さんは「温かい気持ちになれたり、感謝の気持ちがわいたり、ほろっと涙したりする作品を選ぶようにしている。展開が速い落語や、菊池寛の『父帰る』など人情や思いやりを感じられる物語だと、集中して聞いてもらえて、鑑賞後の語らいも盛り上がる」と話す。

 前田さんらは2016年にNPO法人を設立し、療法の普及に本格的に取り組み始めた。病院や施設で朗読劇を披露すると、認知症の人には人生経験に基づく豊かな感情や深い思考が残っていることを感じるという。「プロに朗読を依頼してもいいし、家庭でも『昔、こういう話を読んでくれたね』と読み聞かせをして、思い出を共有することは実践できる」と話している。

「楽しかった」気持ちは残る

朗読、絵画で感情刺激…感動、共感、満足感味わう

板野さん(右)の進行で、絵を鑑賞しながら、感じたことを自由に話す入居者たち

 「かわいい顔をしているわ」「ヨーロッパの人じゃないかな」「赤ちゃんがいらっしゃると思うわ」

 壁に大きく投影された女性の横顔の洋画について、参加した7人の入居者たちが思い思いに話し始めた。

 東京都稲城市のグループホーム「たんぽぽの郷」で昨年11月、感じたことを自由に語り合いながらアート作品を鑑賞する「アートリップ」が開かれた。

 進行を務める板野泉さん(53)は、作品の解説役ではない。「どう感じても全部正解です。どんどんお話しして、教えてください」と促すのが役割だ。

 印象派の風景画では、「歌が描いてある気がする」という声が上がった。板野さんが「どのようなメロディーですか?」と問いかけると、歌を口ずさむ人も。こうしたやりとりをしながら、約1時間かけて4作品を鑑賞した。

 この「対話型アート鑑賞プログラム」は、2010年に、ニューヨーク近代美術館で認知症の当事者・家族向けに行われていたのを尚美学園大の林容子准教授(62)が視察。同美術館の協力を得て日本での取り組みを始めた。

 たんぽぽの郷では、林さんらが設立した一般社団法人「アーツアライブ」に依頼し、約8年前から月1回の鑑賞会を開始。新型コロナの感染拡大で休止していたが、昨年秋に再開した。

 認知症で、どのような絵を見たかはすぐに忘れてしまうかもしれない。でも、自分の感想を肯定的に受け止めてもらったということや、「楽しかった」といった感情はきっと残る。施設管理者の鍛治容子さん(38)は「進行役が楽しいおしゃべりや笑顔を引き出した後は、いつもよりご飯をたくさん食べる人もいる」と話す。

 対話型アート鑑賞プログラムは、美術館などでも開催されることがある。

 国立西洋美術館などでの鑑賞会に父・白井治さん(86)と参加した飛座治美さん(54)は「営業マンだった頃を思い出して場を活気づかせたいと感じるのか、積極的に話してくれた」と話す。参加後に入ったレストランで自分で食事のメニューを選ぶなど、意欲が低下しがちだった日常に変化があったという。

 21年末に亡くなった母・文子さんと一緒に、オンラインでの鑑賞会に参加していた野川貴代子さん(69)は「認知症が進んで言葉が減り、表情も乏しくなった母が、小学校の教員だった頃の話を明るい表情でしていて驚いた」と振り返る。

行動・心理症状 改善も…「きっかけ」を探す/敬意を持ち接する

朗読、絵画で感情刺激…感動、共感、満足感味わう

 「感動」や「喜び」などの感情の動きは、認知症の人にどのような変化をもたらすのか。老年医学を専門とする東北大医学部の藤井昌彦臨床教授(64)=写真=に聞いた。

 人情に触れて感激する、幸せを感じる、悲しい出来事に涙を流す、怒る――。そうした感情の動きは、認知症が進んでも多くの場合で保たれています。その人を突き動かす感情には、「大脳辺縁系」という、記憶力や計算力をつかさどる脳の部分とは違う場所がかかわっているからです。

朗読、絵画で感情刺激…感動、共感、満足感味わう

 記憶障害など認知機能の低下は、顔にしわが増えたり、足腰が弱くなったりすることと同じです。これまでできていたことができなくなれば、誰でも大きな不安を感じます。家族らがそれを責めたり、無理に改善させようとしたりすると、気持ちが沈み込み、暴言などのBPSD(行動・心理症状)が深刻化してしまう可能性もあります。

 周囲が温かく、適切な態度で接することがとても大切です。それに加え、朗読劇や絵画の鑑賞などで、その人が本来持っている「優しさ」などの豊かな感情を呼び起こすことでも、BPSDの改善が可能だとわかってきました。

 私の勤務する仙台富沢病院には、認知症が進んで、声をかけてもほとんど反応がない方もいます。そうした方が、絵画を見て「リズムを感じる」と足踏みをしたり、朗読劇に心を揺さぶられて涙を流したり、物語に関連した思い出話を始めたりする。「ありがとう」といった介護者への声かけや、笑顔も生まれます。

 文化・芸術で感情に働きかけるプログラムを身近でやっていないという場合でも、笑ったり、感動して泣いたりできる「きっかけ」になるものを探してください。

 元気な頃に経験したことがあるという人に、パラグライダーから撮影された美しい景色の動画を一緒に見てもらったケースもありました。若い頃に流行していた懐かしい音楽を一緒に聞いておしゃべりするといったことでもいい。

 どのような生活をしてきたのかを理解し、豊かな感情を持つ人として絶えず敬意を持ち、心を開いて接することもポイントです。

 たとえ、きょう、どんなご飯を食べ、誰と話したのかは忘れてしまっても、楽しい、うれしい、といった感情は残ります。ご本人が「きょうも幸せだ」と思える環境を作ることが大切です。

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