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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

透析を受ける30歳代の男性が、腎臓移植を断った理由…患者に対して事前にしておく必要があったこと

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 30代後半男性、先天性の腎疾患。20代から毎週3回、仕事が終わった後に透析治療を受けている。透析クリニックとは別の大学病院で腎移植の登録をしており、待機者リストに掲載されている。

「今の生活がだめになったらどうしよう」

 ある日、いつものように看護師が患者にあいさつし、体調についてたずね、透析の準備を始めようとしたところ、患者が「昨日、腎移植の病院から電話があって、『待機リストの順番は上位で、まだ移植が確定ではないけど、移植の準備のために、これからすぐに入院してください』と言われた」とのことだった。

 看護師は「ついに連絡があったのですね。入院してほしいということですから、もうすぐですね」と伝えたところ、患者は「断ったんです」という。「どうされたのですか?」と聞くと、「今の生活で15年、週3回こうやって透析やってきた。テニスもそこそこ楽しめているし、仕事も調整している。この生活がだめになり、もっと悪くなったらどうしようって。それなら、このままのほうがいいかな」という。

移植のイメージが十分に形成されていなかった

 透析クリニックで働く看護師は、腎移植登録をし、待ちに待ったその順番が回ってきて、心からよかったと思ったのですが、実際は、患者さんの移植のイメージが十分に形成されていなかったこと、さらに移植を希望しつつも、今の自分の生活に変化がもたらされることを不安に思う複雑な気持ちを抱えていることを知り、考えさせられたと語ってくれたケースです。

 普段から無口で、透析中に話をすることはあまりなかったのですが、その日の透析の間、患者はぽつりぽつりと自分の思いを語ったそうです。患者は「それに仕事も忙しくて、そんなすぐに入院なんてできないし」と。看護師は「職場の人には腎移植のこと伝えていますか?」と聞くと、「前の上司には伝えていたけど……」といいます。

 話をしていくなかで、入院から手術までどのような流れで行われるのか、何日間の入院が必要か、移植後は今みたいにフルタイムの仕事やテニスができるのかなど、患者さんが腎移植自体やその後の生活を具体的にイメージできていなかったことがわかりました。特に患者さんを悩ませているのは、長年かけて築きあげた透析と共にある自らの生活が、腎移植によって失われるのではないか、という漠然とした不安でした。

 そのため、看護師ができる範囲で、パンフレットなどを利用し、腎移植における入院中の流れや入院期間、腎移植によって現在のADL(日常生活動作)や生活の質が低下することはほとんどないことを伝え、腎移植への具体的なイメージがつくように説明しました。

 また、腎移植登録をしている病院には定期的に検査におとずれるので、透析の終わりの処置のときに、看護師は、「急なお話で決めるのに大変だったと思いますが、また機会が回ってくるでしょうから、今度、その病院で、聞きたいことをたずねてみてはどうですか。今のような話を詳しくしてくれます」と伝えました。

治療の説明は本人の理解を確認しながら

 このケースから改めて、治療に関する説明は、医療者から患者へという一方向的では不十分であること、常にその説明による患者さんの理解の状況や具体的なイメージ形成を、医療者は確認しながら行うことの大切が示されていると思います。

 それに加えて、長年透析をしている患者さんにとって、腎移植による、自分なりに築き上げてきた安定した生活の「変化」をどう捉え、向き合うか、その準備も十分必要であることを教えられました。(鶴若麻理 聖路加国際大教授)

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tsuruwaka-mari

鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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1件 のコメント

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腎臓移植者

くまお

40歳を過ぎた頃から人工透析をし、40代後半に腎移植を受けました。移植手術のため約4週間入院。軽い糖尿病ですが、手術後は移植腎を守るため1日5本...

40歳を過ぎた頃から人工透析をし、40代後半に腎移植を受けました。移植手術のため約4週間入院。軽い糖尿病ですが、手術後は移植腎を守るため1日5本のインシュリン注射が必要になりました。手術後から免疫抑制剤の服用が始まり、これも一生続きます。免疫抑制剤のため、透析時よりも病気への感染率が高く重症化のリスクもあります。それでも移植を受けられて良かったと感じています。移植を受けたくない人を無理に説得する必要はないと思います。個人の自由ですし、移植を希望している人にとっては順位の繰り上げにより 待ちに待った自分の番が来るのです。あまりに順番待ちが長過ぎて海外で安全性の低い移植を受ける人もいます。そのため、貧困な国の人が腎臓を売るということも起きています。透析の方が良い人は それで良いと思います。

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