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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

抑えられない抗がん剤の副作用「我慢せず伝えて」は、患者に残酷な言葉?

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大腸がんが肝臓に転移、根治望めず 

 30代の男性。大腸がんが肝臓に転移し、根治は望めない状態で、手術の1か月後から抗がん剤治療を開始した。

 患者は午前中に治療を受け、午後からは出版の仕事に通っていた。抗がん剤治療が続く中で、副作用で冷感刺激(冷たいものに触るとビリッという刺激がある)が強まり、徐々に手足にしびれがでるようになり、その症状に悩まされていた。

治療を重ねるほど強まる手足のしびれ

 この冷感刺激は、抗がん剤治療をするたびに症状が増強していき、最初は、冷たいものを触った時だけ症状が表れるが、治療回数を重ねるうちに、何もしなくても手の先や足先からしびれ、 末梢(まっしょう) だけだった症状が徐々に中枢にあがってきて、生活に支障をきたすようになる。しびれに効果のある薬を処方してもらったり、抗がん剤の量を少し減らしたり、しびれの出現に関連する薬だけ止めてみたり、できる限りの方法を多職種で話し合いながら対応していた。

 基本はスキンケアで、洗浄と保湿クリーム、食器を洗うときはゴム手袋、就寝中は綿の手袋をするようアドバイスしていた。治療のたびに副作用症状に対して「我慢しないで、私たちに伝えてください。楽になる方法を一緒に考えていきましょう」と声をかけていた。

 しかし、治療を繰り返すごとに症状が悪化し、患者は紙一枚も持てなくなり、日常生活に支障が出るようになっていた。そのため、看護師は患者に対し、前回の治療から今日の治療までの生活の様子について聞き取りをすることになった。

山の頂上に登ったら「我慢」の看板があった

 患者は「変わらない。やっぱりしびれているよ」と言い、その後、いろんな話をしている中で「みんながさ、『我慢しないで』って言ってくれて、『この薬試しましょう』『5本指ソックスがいいですよ』『手袋を使いましょう』『薬の量を減らしましょう』って一生懸命にやってくれているじゃん。でも、まあ、ある程度は効いているけど、それだけなんだよね。結局、気休めっていうか……。それでさ、この間思ったんだよ。山に登ったとするよね。頂上に看板が立っていたとするよね。なんて書いてあったと思う? 『我慢』って書いてあったんだよ。どういうことだかわかる? 結局、何をしてもこの症状はよくならないし、薬をやめない限りよくならないってことだよ。でも薬はやめられないから、我慢するしかないんだよ」と言う。

 がん医療に従事する看護師が、「頭をガーンとたたかれたような衝撃があった」と語ってくれた事例です。患者さんのこの言葉を受けて、看護師は「そうだったんですね……」という言葉を発するのが精いっぱいであったといいます。看護師は、「患者さんが、副作用の症状を我慢しないように表出しやすい態度で……、患者さんに共感するように……、否定しないように……と、教科書のような対応をやっていたけれど、結局、患者さんのつらさをわかったフリでしかなかった」、また「安易に『我慢しないで』という言葉で傷つけていたのではないか、それ以来、とにかく患者さんの話を聴くことに徹して、できるだけ副作用が緩和されるための方策を考え、『我慢しないで』という言葉は残酷な言葉に思え、使わなくなった」と語ってくれました。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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