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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

心不全で入院した70代女性 「退院後は施設に入れたい」と不安がる娘の気持ちを変えさせたものとは

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入院前はアパートで一人暮らし

 心臓に持病がある70代女性。体を動かすと呼吸が苦しくなる症状を訴え、家族とともに当院を受診した。足のむくみや胸水の貯留があり、心不全の悪化で当院に入院した。その後、内服治療、塩分・水分の摂取制限で状態が良くなったため、当院の地域包括ケア病棟に移った。

 要介護度は3。認知機能は長谷川式簡易知能評価スケールのスコアは20点で、軽度な認知機能の低下があるものの、意思疎通はできた。

 入院前はアパートで一人暮らし。入院当初の長女と医療者との話し合いで、長女から「自分が近くでみてあげられないので、退院後は施設でお願いしたい」という希望が出されていた。病棟を移った後の本人、長女、MSW(医療ソーシャルワーカー)、理学療法士、医師、看護師のカンファレンスでは、退院後の療養場所について、本人は自宅、長女は施設と意向が異なっていた。

独居で必要な飲水制限や内服ができなかった

 本人は自宅での暮らしを強く希望しているが、独居で、心不全のコントロールに必要な飲水制限や内服ができていなかったこともあり、医療者側は「自宅で暮らすのは難しい」との見解だった。長女は遠方に住んでいることもあり、「施設で暮らすほうが安心で健康に暮らせるだろう」と考えていた。施設入居する場合、経済面でのサポートも予定していた。

 日常生活の動作については、リハビリテーションでつえ歩行の練習を行っている。呼吸が苦しくなることもなく、病棟内を1周歩くことができている。病棟での移動にはサークルを使用しており、ふらつきはなく、トイレまで介助者見守りで行っている。

 長女の意向をふまえ、退院後は施設入居という方向性で調整が始まっているが、患者は看護師が訪室するたびに、「やっぱり家に帰りたいの。ダメなのかしら。自分で生活できるわ」と話をする。地域包括ケア病棟での入院期間は最大60日で、すでに入院してから30日経過していた。

家族の意向を本人に納得させようとしているだけ

 地域包括ケア病棟で働く看護師が語ってくれたケースです。「退院先を巡って、本人の『家に帰りたい』という希望ははっきりしていて、本来、本人の意向の実現を考えるべきなのだけど、家族の意向に沿って『施設に行きましょう』となってしまうことがある。私たちがやっていることは、本人の意向とは異なる退院先を何とか本人に納得させようとしているだけ。『施設の方が患者さんにとってもよいだろう』と、私たちの視点で話し合いの方向性を決めてしまいがち」と言います。

 本人が自分の意向を伝えようと必死になっていることを、この看護師に限らず、みなが感じており、看護師のミーティングでも話題になりました。「患者への指導や各専門職への働きかけ、退院後のサービス調整によっては、患者の希望である自宅への退院もできるのではないか」という声があがりました。地域包括ケア病棟での入院期間はあと30日でしたが、看護師は、退院後のサービス調整を行う担当者に話をしてみることにしました。

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鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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