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「働きたい」を支える<下> 障害者が安心して力を発揮できる環境を…退職後も暮らせるグループホームの開設も

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 「働きたい」と希望する障害者は多い。しかし、法律で定められた雇用率を満たしていない企業が半数に上るほか、採用後1年以内に退職してしまうケースが目立つなど、課題もある。障害がある人が働きやすく、力を発揮できる環境づくりが大切になっている。

作業細分化 得意なことに集中

「働きたい」を支える<下>障害者 力発揮できる場を

牡蠣グラタンを作る障害者たち(山口県周南市で)

 器となる 牡蠣かき の殻の形をきれいに整える人、牡蠣を素早く投入する人、その上からホワイトソースをかける人、仕上げにチーズをトッピングする人――。

 山口県周南市にある「カン喜」の冷凍食品工場。白衣や帽子、マスク、手袋を身につけた障害者たちが作っているのは、主力商品の「牡蠣グラタン」だ。

 製造工程は細かく分けている。別の作業台には、ホワイトソースを作る人や、材料のタマネギを刻む人の姿も。知的障害の人、身体障害の人、精神障害の人らがそれぞれの役割を果たし、製品が次々とできあがる。

 「自分の得意な作業を見つけて、伸ばしてほしいから、一つのことに集中できるようにしている」と上坂陽太郎社長(55)は話す。

 勤続20年ほどになる田中裕子さん(43)はこの日、牡蠣の殻の大きさをハサミで整える工程を担当した。力がいる作業で手が痛くなったが、「みんなと一緒に仕事をするのは楽しい。もっとうまくできるようになりたい」と笑顔を見せた。

 牡蠣グラタンは、約25年前、牡蠣フライの製造工程で廃棄されていた規格外の大きさの牡蠣と殻を活用して商品化した。就労を希望する障害者の増加に対応するための挑戦でもあった。

 今では、クリスマスなど年末年始の需要や海外への出荷で、年間300万個を販売するヒット商品に育った。上坂社長は「自分たちの商品が海外でも喜ばれていることが、自信につながっている」と目を細める。

雇用しない理由「適した業務ない」最多

 厚生労働省の障害者雇用実態調査(2018年度)で、障害者を雇用しない理由を企業に複数回答で尋ねたところ、「適した業務がない」が最も多く、「職場になじむのが難しいと思われる」「イメージが湧かない」なども目立った。

 カン喜では、作業の細分化に加え、指導役の社員が慣れるまで作業を見守ったり、少し遅れた場合は、周囲の障害者らでカバーし合ったりする。困っている時に駆けつけられるように、工場内の見通しもよくしている。

 こうした取り組みを続け、現在、障害者は27人で、社員61人の半数近くを占める。原則、フルタイムの正規雇用。勤続10年以上の人が多く、30年以上働く人もいる。就労継続支援施設で訓練を受けた障害者が新たに採用されるケースもある。

 一緒に働く中で、障害者やその家族が、この会社をやめる時がきた後の生活に不安を感じていることがわかった。親たちの「自分がいなくなった後が心配」という声もあり、今年5月、工場近くに、退職後も暮らせるグループホームを開設した。上坂社長は「安心して働き続けてもらうために必要だと考えた」と話す。

ベッドから会社情報発信…就労中も介助サービス

「働きたい」を支える<下>障害者 力発揮できる場を

ベッドに横になる上野さんのそばで、パソコンの調整などをする生江さん

 さいたま市に住む上野美佐穂さん(48)が、ヘルパーの生江祥子さん(43)に支えられ、机と同じ高さに調整したベッドに横たわった。

 「パソコンの画面は、このくらいでいい?」。生江さんがパソコンの電源を入れて、画面の角度を調整する。

 「それで大丈夫。髪の毛、ちょっと直して」。リモート会議で画面に姿が映されることも多いから、身だしなみも整えてもらう。これで仕事を始める準備はオッケーだ。

 全身の筋力が低下する難病「脊髄性筋 萎縮いしゅく 症」で、車いすで生活する上野さんは、2020年10月から週2日、計10時間、保険代理店を営む「イルカ保険サービス」で働く。自室のベッドでパソコンを操作し、同社のSNSでの情報発信や、事務作業などを担当。保険募集人の資格も取得した。

 仕事中、生江さんは別の部屋で待機する。スマートフォンを使いたい時に耳に当ててもらうなど、必要に応じて生江さんを呼ぶ。

 同社の遠山幸宏代表(49)が旧知の上野さんに「会社を手伝って」と声をかけたのは、障害者の自立支援の活動などを続けてきた発信力や、パソコン関係の知識に期待したからだという。遠山代表は「情報発信は上野さんに頼りきり。障害の有無は関係なくて、上野さんだからできる仕事で力を発揮してほしい」と話す。

 重度障害がある場合、移動や姿勢の調整、食事といった様々な場面で公的な介助サービスを受けられる。ただ、就労中は対象外とされ、重度障害者が就職を断念したり、必要な介助を我慢しながら働いて体調を崩してしまったりする状況も招いていた。

 上野さんが住むさいたま市は19年、就労中も公的な介助サービスを原則1割負担で利用できるようにした。国も20年度に、通勤や就労中の介助費用の補助を開始。11自治体で計27人が利用中で、今後、制度を実施する自治体が広がることが期待されている。

 「20代で一人暮らしを始めた時には、就労は想像もできなかった。指先一つで世界は広がる」。未知の分野の仕事に出会い、上野さんは充実した日々を送っている。

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