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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

新型コロナ「第7波」到来 爆発的に増える感染者 数えるならば目的を

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猛暑でマスクをつけるのもしんどい

新型コロナ「第7波」到来 爆発的に増える感染者 数えるならば目的を

 ワクチンの普及や治療薬の開発のおかげもあり、新型コロナはたくさんの人の命を奪う感染症から、「たくさん感染は起きるけど、死亡者は比較的少ない」感染症へと転じてきました。第6波は前半こそ致死率がかなり高く、多くの人命が失われましたが、その後3回目のワクチン接種が進み、致死率は低下しました。

 第6波の後半においては「新型コロナは怖くない病気」という雰囲気が醸し出されました。第6波の致死率の変化は、例えば東京のデータを見ると一目瞭然です。第7波では、その雰囲気も相まって、さらに政府が明確なメッセージを出していないこともあり、感染抑制につながる行動が取れていないのです。
https://covid19outputjapan.github.io/JP/icudeathmonitoring.html

 他にも細かく言えば、感染を促す要因はあると思います。例えば、米国などは2022年初めにオミクロン株の流行が激しかったことが知られており、多くの住民が感染しました。そのため、BA.5が国内に入ってきても、あまり感染者が増えなかったのでは、という推測がなされています。自然感染以後3か月程度は、再び同じウイルスに感染することは珍しいからです。

 さらには、この猛暑です。マスクをつけるのがしんどくなってきました。厚生労働省や識者の一部が「熱中症予防のためにマスクはしないほうがよい」というメッセージを発信しました。実際にはマスクをすることで熱中症を起こしやすくなったり重症化しやすくなったりといった科学的データは乏しく、根拠のない間違ったメッセージです。しかし、このようなメッセージを受けた人たち、特に小児の間で「マスクはしないほうがよい」という行動パターンが起きてしまいました。

 よく、スイスチーズモデルと言いますが、厄災は一つだけの要素が原因で起きることは滅多にありません。複数の様々な要因が重なり合うと、それが大きな問題を引き起こしたりするのです。スイスチーズの小さな穴が重なっていくと、向こう側に通り抜けてしまうことがあるように。

 とはいえ、第7波が第6波以上の厄災となるかどうかは、現段階ではよくわかっていません。本稿執筆時点では、じわじわと重症者が増え始めている神戸市ですが、重症者が集中治療室(ICU)を埋め尽くし、毎日のように死者が出るような事態には至っていません。もっとも、新型コロナの重症患者や死亡者が増えるにはいつも数週程度のタイムラグがありますから、過度な楽観は禁物ですが、3回目のワクチン接種をした人が多い高齢者の間で重症化をブロックできていれば、「感染者は増えても、死亡者が増えない」というデカップリングが起きる可能性はあります。期待しています。

 悲観的な話もあります。爆発的な感染者の増大は各地の発熱外来をパンクさせ、多くの発熱患者が行き場を失い、困っています。100万人以上の感染者が自宅療養となり、さらに多くの濃厚接触者が現場で勤務できなくなり、公共交通機関など多くのセクターで活動維持が困難になっています。もちろん、死亡者が増えないことはとても大事ですが、「病気は死ななければよい」というものでもないのです。

すべてを数えることに意味はあるのか

 さて、あまりに感染者が多いため、各自治体での感染の報告が滞っています。濃厚接触者の追跡、それを活用した感染拡大の防止策も事実上取れません。というか、行動制限のような効果的な感染対策を全くやっていないのですから、濃厚接触者だけ追跡しても感染抑制をもたらすことは、とてもできないでしょう。

 そこで考えなくてはなりません。なぜ新型コロナ感染症を報告しなければならないのか。

 届け出が必要な感染症には、届け出る目的が必要です。目的とは「ゴール」のことです。例えば、感染者ゼロの状態を作りたいとか、10年後には感染をここまで減らしたいといったことです。残念ながら、日本の(いわゆる)感染症法は「『手続きあれど、目的なし』な、いまいちな法律」だと考えています。法律を作った人も多分ゴールのことはちゃんと考えていなかったでしょう。

 2020年当初、新型コロナウイルスは完全な抑制を目指すべき感染症でした。実際、第1波はほぼほぼ抑制を達成しました。その後、我慢できなくなってしまいましたが……。「感染拡大を事実上容認」している現在、一人ひとりの感染数を指さし点検するように数える意味はどこにあるのでしょう。数えた先のゴールは、一体なんなのでしょうか。

 昔のジョークに、こういうのがあります。戦争中の指揮官が、 斥候(せっこう) に「敵の数を数えよ」と命じました。斥候は「10万23人」と即答しました。「お前、数えるのめっちゃ速いな」と指揮官が驚くと、「23人までは数えましたが、あとは大体10万人くらいでした」と斥候は答えたのです。

 巨大な感染症の波の中で端数はほとんど意味を持ちません。「全例」を数えなくても、各地で定点観測すれば、感染のトレンドや大まかな感染者数は推定できます。感染者が100人なのか、10万人なのかを知るのが大事であり、1の位の値は「どうでもよい」のです。どのみち無症状者や未受診者は全くカウントされておらず、そういう人は全国にたくさんおいでだと思います。一生懸命数えている割に、正確に数えてはいないのです。

 問題は、ハイリスクグループや重症者に対する治療薬の分配や、そのコストです。それに特化したカウント(診断)をすればよいので、「感染者すべて」を数える根拠になりません。また、即時的に保健所に届ける理由にもなりません。

 ワクチンも治療薬もなかった2020年、僕らは大学の元同僚をコロナのために失いました。当時は一例一例のコロナ感染がとても重たく、自分たちも感染しないために最大級の注意を払ってきました。しかし、ワクチンが登場し、オミクロン時代のコロナは「そういう病気」ではありません。「あ、うちもコロナで家族みんな感染しちゃった」と、苦笑しながら言い合えるようになりました。今、僕たちは2年前の病気そのものとは (たい)() していないのです。であれば、対応法を根底から見直すのも当然です。(岩田健太郎 感染症内科医)

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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