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認知症の人と家族が一緒に参加する「ミーティングセンター」…互いのイライラ解消や関係性の改善の場に
認知症で苦手なことが増えると、本人も家族も気持ちの余裕がなくなり、言い争いなどで関係が悪くなってしまうことがあります。悩みやイライラを家庭内で抱え込むと、解消も難しくなりがちです。こうした状況を改善するため、本人と家族が一緒に参加できる「ミーティングセンター」という取り組みが始まっています。(沼尻知子)
料理や外食 気持ち明るく
6月上旬、東京都品川区の「ミーティングセンターめだかの会」を訪ねると、2組の認知症の人と家族がレモンなどを材料にジャム作りをしていた。
「レモンの皮を入れると、少し苦みが出ます。入れますか?」。社会福祉法人「新生寿会」職員で、認知症地域支援推進員の鈴木裕太さん(39)が、参加者たちの意向を丁寧に確認していく。後藤智さん(59)が「食べてみないとわからないよ」と楽しそうに応じると、妻の美和子さん(54)や近くにいた参加者たちに笑いの輪が広がった。
後藤さんは、物流会社で働いていた55歳の時に若年性認知症と診断された。休職して自宅に籠もりがちになったが、3年ほど前から、当事者の会や家族の会に、美和子さんと参加するようになった。
「めだかの会」は月に数回、料理や外食など認知症の人の希望に沿った活動を、家族も一緒に参加して行っている。認知症の人同士の交流会や、家族を対象とした会とは少し違って、ミーティングセンターという集いの場では、本人も家族もどちらも主役だ。
美和子さんは「2人で家にいたら、何もすることがなくて落ち込んでいたかもしれない。ここに2人で来ると、明るい気持ちになれる」と話す。
関係改善の契機
家で一緒に過ごす時間が長くなると、互いにイライラや不安が募って関係が悪化しやすい。こうした場所に一緒に出てきて、他の家族と出会うことは、そのような状況を変えることにもつながる。
後藤さんは、着替えがうまくできなかった時などにいら立ちをぶつけることがあるという。怒ってはだめだとわかっていても、美和子さんも思わず言い返し、口げんかになることも多かった。
美和子さんは「きつい言い方になってしまうこともあったけれど、ここで、提案するように話しかけている他の家族の様子を見て、私もそうした方がいいなと思うようになった」と話す。
諦めず限界破る
あまり社交的ではなかったという後藤さんが、「めだかの会」に参加するようになり、「今度はいつあるの?」と楽しみにするようになった。後藤さんは「2人だけではできなかったことを実現できているのがうれしい」と話す。
認知症で苦手なことが目立ってくると、本人も家族も「どうせできないから」とやりたいことを諦め、行動の幅を狭めがちだ。ミーティングセンターはそうした限界を破る取り組みでもある。
「めだかの会」で家族のサポート役を務める鈴木さんは「外食や旅行を諦めてしまうなんて、もったいない。『もう一度やってみたい』と思えるように、きっかけを作っていきたい」と話す。
楽器演奏「できる」に気付く
一緒に参加して楽しむ活動を通じて、認知症の人が持っている「力」に家族が改めて気付くケースもあるという。
長野県駒ヶ根市の「ミーティングセンターTomoni(ともに)」は、音楽が活動の中心だ。発足当初のメンバーにギターが得意な人がいたためで、週に1回、認知症の人と家族、ボランティアらが集まって、楽器の演奏を楽しんでいる。
7月上旬には、集まった16人のメンバーが、「高校三年生」「君といつまでも」など昭和の歌謡曲を20曲ほど演奏した。ウクレレやギターを奏でる人もいれば、タンバリンを鳴らしたり、歌を口ずさんだりする人もいる。
キーボードで伴奏を務めた熊沢正平さん(73)は4年ほど前、認知症と診断され、2年近く、あまり外出しない生活を送っていた。小さい頃にバイオリンを弾いていたことを知っていた妹(71)が誘い、「ともに」に参加するようになった。
自宅のピアノはほこりをかぶっていたが、「ともに」で促されると、すらすらとキーボードを弾いてみせた。妹は、「こんなにうまく演奏するとは思わなかった。本人にとって楽しいことができているのがうれしい」と話す。
メンバーらは、練習を重ね、高齢者施設などで演奏する計画を立てている。
「ともに」を運営するNPO法人・地域支え合いネットの松原智文理事は「認知症では『苦手になったこと』を意識しがちだが、認知症の人と家族が一緒に参加できるこうした場を、『できること』に目を向けるきっかけにしてほしい」と期待する。
ミーティングセンターとは?…活動の場 出会いと話し合い
「ミーティングセンター」は、1993年にオランダで始まった取り組みです。認知症の人と家族が一緒に活動する時間を作り、一体的に支援するのが特徴で、イギリス、イタリアなど欧州で実践されています。一緒に出かけたり、音楽を奏でたり、スポーツをしたりと、幅広い「活動の場」です。
ミーティングという言葉に込められた意味の一つ目は、「出会い」です。複数の家族が参加するので、会話が弾んだり、共感し合えたりする仲間が見つかることを期待できます。認知症の人の支援にかかわる専門職、ボランティアら地域の支援の輪とつながるきっかけにもなります。
二つ目の意味は「話し合い」です。この場で何をするかは、認知症の人たちが希望を出し合います。やりたいことがあっても諦めてしまう人、遠慮して口にできないという人もいるかもしれません。でも、「自分で決め、実現していくことが意欲を高めることにつながる」との思いで、専門職らがじっくり耳を傾けてくれるはずです。
国内では現在、認知症の人同士が交流する「本人ミーティング」や、「介護者の集い」など、対象や目的が示された集いの場が一般的です。こうした取り組みをミックスした形になるミーティングセンターは、新しい支援の場として期待されています。
負担感を軽減
ミーティングセンターの普及に取り組む矢吹知之・東北福祉大准教授=写真=に話を聞いた。
認知症の発症をきっかけに、家族関係がこじれるケースがみられます。でも、本人と家族が一緒に楽しむことができる場があること、ほかの家族や専門職が間に入ることで、修復につながる場合があります。家族の関係が良くなれば、在宅での生活も続けやすくなるはずです。
国内では2020年度に仙台市や神奈川県平塚市など5か所で始まり、取り組みが広がっています。参加した専門職からは、「一緒に過ごす姿を見ることで家族関係を理解でき、その家族に合った支援がしやすい」といった声があがっていて、家族の負担感を軽減する効果も得られそうです。
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