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情報のバリアフリー化で誰もが生きやすい社会に…「障害者情報アクセシビリティー・コミュニケーション施策推進法」が5月施行

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 視覚、聴覚などの障害で、ふだんの生活や災害時に必要な情報を得にくい――。そんな状況の解消を求める「障害者情報アクセシビリティー・コミュニケーション施策推進法」が5月に施行された。障害のない人と同じ内容・タイミングで情報を得られる社会の将来像を描くが、「情報のバリアフリー化」はまだ緒に就いたばかりだ。(石井千絵)

■選挙公報

情報 バリアフリー目指す…障害者も同じ内容・タイミングで

「神奈川ワークショップ」では、点字版の選挙公報や行政の広報誌の作成を担っている(神奈川県藤沢市で)

 先月下旬、神奈川県藤沢市の障害者就労支援事業所「神奈川ワークショップ」を訪れると、スタッフ6人が、参院選の点字版の選挙公報作りに追われていた。

 同県選挙管理委員会から受け取った原稿を基に、パソコンを使って神奈川選挙区の立候補者22人の主張や経歴を点訳。点字に触れて読み上げる人と、元の原稿と合っているかチェックする人のペアで3回確認し、専用のプレス機で厚手の紙に凹凸を刻む。

 作業を指導する大橋一法さんは「必要な人になるべく早く届くように、土日も作業します」と話す。約110ページの冊子を、依頼された600部作るのに、約2週間かかる。

 この作業に携わる全盲の門脇俊輔さん(38)は「政見放送でも訴えは分かるが、点字版なら関心がある部分を読み返すこともできる。周りの人と同じように情報が得られるのはとてもうれしい」と話す。

情報 バリアフリー目指す…障害者も同じ内容・タイミングで

 ただ、投票先を決めるためのこうした情報も、視覚障害者にとって確実に利用できるものではない。一般の選挙公報は、投票日2日前までに新聞の折り込みなどで各世帯に配るよう、公職選挙法に明記されているが、点字版や音声版については規定がない。

 総務省によると、3年前の参院選では全都道府県で点字版が作成されたが、「家に届かなかったとか、地域の点字図書館に行かないと読めないなど、情報の得やすさに地域差がある」(日本視覚障害者団体連合の担当者)という。

■市役所の窓口

 千葉県の習志野市役所は、手話を使う聴覚障害者と窓口の職員がタブレット端末を介してやりとりする「シュアトーク」の実証実験に参加している。内蔵カメラが手話を読み取り、画面上に即時に内容を文字で表示する一方で、マイクが拾った職員の声も文字にして聴覚障害者に伝える。ソフトバンクと電気通信大が共同開発中の仕組みだ。

 同市役所には手話通訳士の資格を持つ職員が3人いて、手話を使う来訪者に対応している。現在は、シュアトークのAIに手話の手の動きを学習させている段階だが、実用化されれば、どの職員でも、どの窓口でもスムーズに対応できるようになる。

 窓口には筆談ボードも備えているが、「手話の方が伝えやすいという人も、筆談がいいという人もいる。どれか一つの方法があるからいいというのではなく、障害の特性に合った複数の手段を用意することが大切」(障がい福祉課の奥山昭子課長)という。

■映画館

情報 バリアフリー目指す…障害者も同じ内容・タイミングで

 情報格差の解消に向けた取り組みは、民間のサービスでも広がる余地がある。

 現在、全国85の映画館が聴覚障害者向けの「字幕メガネ」=写真=を無料で貸し出している。通常、邦画に字幕はつかないが、音声を認識し、セリフや効果音など、対応する字幕を目の前に表示する。普及に取り組んでいるNPO法人「メディア・アクセス・サポートセンター」(東京)には、「障害のある家族と一緒に映画を楽しめた」などと反響が届いているという。

 字幕メガネは、音声を文字に自動変換するアプリと組み合わせれば、講演会などでも使える。同法人の川野浩二事務局長は「聴覚障害者が『マイメガネ』として持ち歩けるぐらい普及して、すぐに必要な情報を得られる世の中になってほしい」と期待する。

災害時の通知に課題

 「情報のない世界で生きているようだった」。岩手県視覚障害者福祉協会の及川清隆理事長(69)は、東日本大震災当時を振り返る。食品や日用品が手に入る店、バス路線の変更などはほとんどが印刷物で周知され、全盲の及川さんには状況が把握できなかった。「何日か遅れで情報にたどり着いたら、状況が変わっていたこともあった」

 国土交通省によると、水害時の避難場所などを示した「ハザードマップ」はほとんどの市区町村が作成済みだが、点字版や音声版になると、9割が「作成の予定なし」。災害時の状況の改善も課題となっている。

 新法は、国や自治体に情報格差解消に向けた施策を求めている。だが、障害者にどのような不都合があるか、健常者には気付きにくい面もある。NPO法人「インフォメーションギャップバスター」(横浜)の伊藤芳浩理事長は「どんな取り組みが必要か、当事者団体や行政、民間企業が一緒になって考えていく仕組みが大切だ」と強調する。

 誰でも年をとれば、見えにくくなったり、聞こえにくくなったりする。「障害者に優しい社会は、健常者にも生きやすい社会になるはず」(議員立法に携わった参院議員)。新法にはそうした思いも込められている。

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