文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

知りたい!

医療・健康・介護のニュース・解説

「あなたの命を大切にしたいとおもっています」…自殺未遂者に寄り添う取り組み 各地に広がる

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 自殺防止対策の中で、自殺未遂者への対応が注目されている。孤立しがちな当事者のSOSを早期にキャッチし、本人や周囲からの相談を待たずに手を差し伸べていく支援が有効とされる。救急搬送される医療機関と、退院後の生活を支える自治体の連携強化など、各地で取り組みが広がりつつある。(田中文香)

病院と自治体 連携

自殺未遂者へ「伴走」支援

打ち合わせをする江戸川区いのちの支援係の古田さん(右)と、都立墨東病院ソーシャルワーカーの大橋さん

「退院後、保健所につないだ患者さんがどのように回復しているかがわかると、医師のみなさんも安心できますね」

 5月中旬、都立墨東病院(東京都墨田区)の相談室。江戸川区役所の「いのちの支援係」係長で、保健師の古田満智子さん(48)が、病院で働くソーシャルワーカーの大橋史織さん(35)と打ち合わせをしていた。

 自殺を図って救急搬送された経験を持つ人の支援について話し合う会議に向けた準備の一環だ。両者で「顔の見える関係」を続けるため、定期的に開催している。

 江戸川区では2014年度に、保健所で自殺対策を専門とするいのちの支援係を設置。区内の最も重篤な患者が救急搬送される墨東病院との連携を始めた。薬の過剰摂取などで自殺を図った人が墨東病院の救命救急センターに搬送された場合、治療の後、精神科医が未遂に至った経緯などを確認。本人や家族から、区が相談支援に関わるかどうか、同意を取る。

自殺未遂者へ「伴走」支援

 区の担当者は、同意が取れた患者について病院のソーシャルワーカーから連絡を受けて支援を開始。病院に出向いて本人や家族に面会し、退院後は自宅を訪問したり、相談機関や医療機関への同行支援もしたりしながら、家庭や健康、仕事、学校、生活に関する問題など、抱えている悩みを一緒に解きほぐしていく。

 大橋さんは「救命救急センターは数日で退院する人がほとんどで、病院との関係が切れてしまうことが多い。退院後の支援を区と一緒に考え、引き継げるのは心強い」と話す。

 半年程度は係の担当者が伴走型の支援を担い、継続的に関わることができる専門の相談先や地域の居場所などにつないでいく。これまでに約150人をこの方式で支援してきた。近隣の区でも墨東病院との連携が始まっているという。

 古田さんは「退院後に少しずつ人とつながる中で快方に向かっていく人が何人もいる。住み慣れた地域の中で支援のネットワークを作っていきたい」と語る。

相談員 丁寧に寄り添う

自殺未遂者へ「伴走」支援

大津市保健所で自殺未遂者支援を担う奥田さん(右)らいのちをつなぐ相談員(大津市で)

 「わたしたちはあなたの命を大切にしたいとおもっています」。滋賀県の大津市保健所の「いのちをつなぐ相談員」で、公認心理師・精神保健福祉士の奥田由子さん(67)が自殺を図った人に渡すパンフレットの表紙に書かれている言葉だ。

 奥田さんは、「過酷な成育歴や孤立などから心を閉ざしていて関係づくりが難しい人もいる。『相談してください』が届かない人に、良質なおせっかいを届けていく必要がある」と語る。

 滋賀県では、各地域の保健所ごとに、救急病院との協力態勢が整えられている。

 大津市保健所では、地域に六つある全ての救急病院と連携するようになっているという。入院・外来患者の中に自殺を図った人などがいた場合、本人か家族の同意を得て病院から保健所に連絡。入院中から、自殺未遂者支援を専門とする「いのちをつなぐ相談員」が訪ね、関係を築く。

 相談員は専用の携帯電話を持ち、留守電やメール、ひきこもりがちな人には直筆の手紙なども用いる。「人に頼ると迷惑をかける」「混乱して何を相談していいかわからない」など、支援を求めることが難しい当事者の気持ちを理解しながら、本音で話せる関係を構築。家族とも面会するほか、必要な相談窓口や福祉・医療サービスにつなぐなどの支援を行う。

 救急病院からは、「今まで心配しながら退院させていたが、地域でのフォローがあると安心できる」「院内の医療スタッフの意識が高まった」といった声があがっているという。

 奥田さんは「『自分には生きる価値がない』という思いや生きづらさを抱え、支援を求めることが難しい人にとっては、私たちとの関係づくり自体がケアになる。本人や家族の気持ちを尊重し、丁寧に寄り添っていきたい」と話している。

当事者同士 語り合いの場

自殺未遂者へ「伴走」支援

自宅で「くいしんぼカフェ」に取り組む石倉さん。スタッフと一緒に料理を盛りつける

 京都市西京区の石倉紘子さん(78)は、自宅で「未遂者・家族を支える会 くいしんぼカフェ」に取り組んでいる。自殺を図ったことがある人やその家族を招き、一緒に料理を作りながら安心して話せる場を提供している。

 「『一緒に生きていきましょう』と声をかけ続け、苦しみを抱えている人に生きる希望を見いだしてほしい」と願う。

 石倉さんは1985年に、当時の夫を自殺で亡くした経験を持つ。職場の人間関係でうつ状態になり、入退院や自傷行為を経て、自ら命を絶ったという。助けられなかった自分や、夫を責めた石倉さんは苦悩のあまり、過度の飲酒や不眠に陥り、何度も自殺を試みた。

 転機になったのは1995年の阪神大震災。支援物資を仮設住宅に届けるボランティア活動をしていた時、仮設で自殺した人や遺族に向けられる差別や偏見に触れたことだった。

 住み慣れた家を失って仮設住宅での生活を余儀なくされ、死に向かった人の寂しさや悲しみ、不安を思い、「夫も含め、苦しみ抜いて死に至った人がいる。決して無駄にしてはいけない」と考えるようになった。

 その後、再婚した現在の夫の支えもあり、自らの経験を公表。2006年には遺族が語り合い、思いをわかちあう支援の会として、「こころのカフェきょうと」を創設。各地の遺族会の設立にも尽力した。

 遺族の中には自身と同じように自殺を図った経験を持つ人もいた。「支援する場があれば、うちの子どもは死ななかったかも」と話す人もおり、「手を差し伸べる必要がある」と痛感してきたという。

 一緒に料理をする「くいしんぼカフェ」のアイデアは、遺族の会の会合で、対面ではなく、横並びで料理を作ることが遺族の心をほぐすきっかけになった経験からだ。手を動かすことやパンなどをこねる手触りが癒やしにもつながるという。今後は、市内の精神科クリニックなどとも連携をとって当事者とつながっていきたいという。

 くいしんぼカフェのスタッフとして活動する男性(67)は18歳の時に父親を自殺で亡くし、自身も自殺を図った経験がある。

 遺族支援の会で当事者の話を聞いて、父や自分に対する気持ちを話す中で癒やされ、抱えている問題を解決する糸口を見つけられたこともあった。今度はスタッフとして恩返ししたいという。

 男性は「自殺しようとする人を止めることは簡単ではないが、苦しいことも自分だけではないと思えたら、気持ちが軽くなるはず」と語る。

救急スタッフ 初期対応学ぶ

 救急医療の現場でも、自殺を図って救急搬送された人へのケアについて、取り組みが続いている。

 日本臨床救急医学会の「自殺企図者のケアに関する検討委員会」は研修コース「PEEC」を開発。夜間や休日など救急医療のスタッフしかいない現場でも、精神的な診療が必要な患者が搬送された場合に取るべき初期対応が学べるようにした。

 受講者は医師や看護師、救急隊員、地元自治体の保健所職員など。地元の精神科医と一緒に、「大量服薬で救急搬送されたが、退院の要求が強く、医療従事者に対して攻撃的なケース」といった複数のケースを想定しながら議論する。これまでに全国で3500人超が受講し、当事者と接する際の注意点、再度自殺を図るリスクの評価などを学んだという。

 検討委員会の三宅康史委員長は「(研修は)救急医療のスタッフと地元の精神科医、保健所の職員らが相互の活動に理解を深め、顔が見える関係を作る機会にもなってきた。相互の垣根を低くしていきたい」と話している。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

知りたい!の一覧を見る

最新記事