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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

「患者中心の医療」とは…概念と現実に違いはありすぎないか

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「患者中心の医療」とは…概念と現実に違いはありすぎないか

 患者中心の医療(Patient-centered care)という言葉を最初に使ったのは1950年代、米国の心理学者、カール・ロジャーズだそうです。治療者と患者の関係性を構築することを指していました。その後、1970年代にやはり米国の精神科医、ジョージ・エンゲルが健康の生物心理社会モデルという概念を提唱し、伝統的なパターナリスティックな医療モデルに対抗しようとしました。2000年になり、英国の国民健康サービス(NHS)は患者中心の医療をNHSの10ある中核的な原則の一つに掲げ、「個々の患者、家族やケア提供者のニーズや好みに合わせてサービスを提供する」としています。

Latimer T, Roscamp J, Papanikitas A. Patient-centredness and consumerism in healthcare: an ideological mess. J R Soc Med. 2017 Nov;110(11):425–7.

「患者中心の医療」の定義

 患者中心の医療には明確な定義とか、統一されている概念がありません。これまでにもたくさんの研究者が「患者中心の医療」が何をもたらすのかを調べてきましたが、その定義は研究者によってバラバラです。

Park M, Giap TTT, Lee M, Jeong H, Jeong M, Go Y. Patient- and family-centered care interventions for improving the quality of health care: A review of systematic reviews. International Journal of Nursing Studies. 2018 Nov 1;87:69–83.

 そんななか、2017年に臨床医学におけるトップジャーナルの一つ「The New England Journal of Medicine(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン:以下、NEJM)」が「患者中心の医療とはなにか」という論文を掲載しました。もちろん、これが決定版で、患者中心の医療の必要十分条件を満たしている、というわけでもないのですが、一般に言われる「患者中心の医療」をなかなか上手に説明していると思います。

  1. 患者中心のゴールに合わせて、医療のミッションやビジョンが形成される。
  2. ケアは協力的、協調的に行われ、受診しやすく、正しいケアが正しいタイミングと場所で提供される。
  3. 身体的、そして感情的な面にもフォーカスする。
  4. 患者と家族の好み、価値、文化伝統、社会経済的状況が尊重される。
  5. 患者や家族はケアのチームの一員となり、意思決定に参加する。
  6. 患者・家族が同席しているのが望ましい。
  7. 情報はいつでも完全に共有され、患者や家族が十分情報を得た上で意思決定をする。

 と、これはぼくが意訳したものですが、おおむね、原文の意図を伝えていると思います。

What Is Patient-Centered Care? NEJM Catalyst [Internet]. 2017 Jan 1

 この論文ではいくつかの実例を紹介しています。例えば1日24時間、いつでもオンラインで患者の検査結果や医師のカルテ記載などをチェックできるだとか、入院時は時間制限なく患者をお見舞いできるといったことが述べられています。

 このような考え方は、医療は「病気を見ていて患者を見ていない」とか、「パターナリスティックに過ぎて権威主義的だ」とか、「意思決定に患者の価値や好みが反映されていない」とかいった従来の医療に対する批判に応えたい、という側面があると思います。そして、そのような動機はとても正しく、健全だとぼくは思います。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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