ココロブルーに効く話 小山文彦
医療・健康・介護のコラム
【Track26】家族の自死を乗り越えて 父と娘の20年「ずっと一緒にいたから」
ある晴れた日曜日、私は知人の結婚式に参列していました。
チャペルの扉が開き、華やかなドレスを身にまとった新婦アキさん(28)はあふれる笑顔で、そして父親のトシオさん(62)は緊張した面持ちで入場してきました。参列者の拍手の中、2人がふと顔を見合わせた瞬間、一転してアキさんは涙をこらえられなくなり、トシオさんの目にも光るものがありました。そのとき、私もチャペルの天井を向いて、涙がこぼれ落ちないようにこらえている始末でした。多くの参列者らも涙しています。
結婚式で感動の涙を呼ぶ場面も珍しくないでしょう。ただ、トシオさんとアキさんがこの日を迎えるまで、必死に乗り越えてきた大きな悲しみについて、私も周囲の参列者もよく知っていたからこその涙だったのです。
統合失調症の妻が消えた朝
現在から20年の歳月をさかのぼります。洋菓子店を営むトシオさんは、妻アサミさん(当時37)と一人娘のアキさん、実母キミさん(同65)との4人暮らし。私もその店のケーキをよく買っていて、家族ぐるみで親しい関係になっていました。
その年の春、アサミさんに異変が起こりました。私と顔を合わせたときに、まるで初めて会った人に接するかのような態度だったり、レジで勘定を間違えたりと、精神的な変調をきたしていたようでした。妻の様子を心配したトシオさんは、一緒に精神科クリニックに出向きました。その結果、アサミさんは統合失調症と診断され、通院治療を受けることになりました。どうやら、彼女には幻聴が起こっていたようで、「○○に行きなさい」や「○○を買いなさい」など指図するような声が聞こえ、それが少なからず行動に影響を及ぼしていたようでした。
ある日の早朝、私はトシオさんからの電話で目を覚ましました。心配そうな口調で、「目覚めた時、妻の姿がどこにもない」とのことでした。私は、通院先のクリニックへの連絡、それに警察への捜索願を出すことを勧めました。トシオさんは、まだ小学校2年生だった娘のアキさんには、「大丈夫だから」と言い聞かせ、学校に送り出したようです。それから、精神的に不安定だった妻の身を案じ、心当たりの知人に電話をかけたり、近所を探したりしました。
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