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ココロブルーに効く話 小山文彦

医療・健康・介護のコラム

【Track26】家族の自死を乗り越えて 父と娘の20年「ずっと一緒にいたから」

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警察からの「最悪の知らせ」。娘には伝えられない

 最悪の知らせが警察から届いたのは午後になってからでした。近海の漁師さんにより、アサミさんの遺体が発見されたとのことでした。状況から、投身自殺だったとのことです。混乱しながらあわてて現場に出向き、妻と無言の対面をしたトシオさんは、全身が震え、体中から汗が吹き出し、激しい 動悸(どうき) に見舞われたそうです。あまりにも突然のことで、それも無理はありません。

 でも、このときに、彼が最初に考えたのは、「何も知らずに学校にいる娘のことだった」と言います。

 (まだ8歳のアキに、「母さんが海に身を投げた」などとは言えない。なんて伝えればいいのか……)

 とにかく、心配しながら自宅で待っている母親キミさんに電話で状況を伝えた後、「『アキには、母さんは病院に運ばれて入院中で、面会もできない』と話して、とりあえず安心させてほしい」と伝えました。トシオさんの意向をくみ、学校から帰宅したアキさんに、キミさんはその通りに伝えました。

 トシオさん自身も、経験したことがない衝撃と悲しみに必死に耐えながら、警察で事情を聞かれ、同時に親戚・知人らへの連絡、慣れない葬儀の準備も始めなければなりません。突然訪れた「人生でもっともつらく長い一日」がようやく終わっても、その夜は朝まで眠れず、ずっと動悸が止まらなかったそうです。

憔悴、動悸、発汗に見舞われながらも

 翌日、さまざまな手続きに追われながら、なんとか時間の隙間を見つけたトシオさんが、私の診察室を訪れてきました。

 憔悴 (しょうすい) しながらも、すべてを打ち明けてくれた姿からは、明らかに動悸や発汗など、自律神経の乱れが見て取れました。ご本人が大変な思いをしているにもかかわらず、口をついて出てくるのは娘アキさんのことばかりでした。

 「娘にどう説明すればいいのでしょう。まだ、母親が入院していると思っていますが、亡くなったことはすぐにわかります。でも、どうやって亡くなったかについて、本当のことを話すことはできません。いつかは、ちゃんとわかってもらわなくちゃいけないのですが……」

 私は、トシオさんの言葉を黙って聴きました。明らかに、ご自分も精神的に崩れそうになっているのに、娘さんへの思いばかりが先立ってしまって、どう対処していいかわからないという、混乱の極みにいました。私自身、慰めやアドバイスなど何もできませんでした。

 胸の内を打ち明けて、少し落ち着きを取り戻したように見えたトシオさんに、私は、次のように言葉を返したことを覚えています。

 「娘さんにいつか本当のことを伝えないと……そうですよね。私もそう思います。だからこそ、今は大きな衝撃をまず自分自身が受け止め、きちんと整理をする。小さな娘さんに伝えるのは、その後にしたいというお考えは、重みのある判断だと思います。本当によく踏ん張られていますね」

 トシオさん自身には、まだしばらく大変な時間が続きます。まずは、残された娘さんや、自分の母親のためにも、この困難を乗り切っていかなければなりません。当面の処置として、私は抗不安薬「クロチアゼパム」を処方しました。

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小山 文彦(こやま・ふみひこ)

 東邦大学医療センター産業精神保健職場復帰支援センター長・教授。広島県出身。1991年、徳島大医学部卒。岡山大病院、独立行政法人労働者健康安全機構などを経て、2016年から現職。著書に「ココロブルーと脳ブルー 知っておきたい科学としてのメンタルヘルス」「精神科医の話の聴き方10のセオリー」などがある。19年にはシンガーソング・ライターとしてアルバム「Young At Heart!」を発表した。

 2021年5月には、新型コロナの時代に伝えたいメッセージを込めた 新曲「リンゴの赤」 をリリースした。

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