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[宇宙飛行士 野口聡一さん](上)「燃え尽き症候群」乗り越え、人生の新たなサイクル回す

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[宇宙飛行士 野口聡一さん](上)フライト後の燃え尽き症候群はありがたいこと 不完全燃焼よりずっといい

 3度の宇宙飛行を経験し、26年間勤めたJAXA(宇宙航空研究開発機構)を6月1日付で退職した野口聡一さん(57)。東大特任教授や自ら設立した会社代表として、新たな活躍の場を広げています。昨年12月には、自身の経験の集大成とも言える著書「宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術」(世界文化社)を出版しました。その中で語っている、宇宙から帰還後の飛行士が見舞われやすい身体的、精神的な不調、ミッションを成し遂げた後の「燃え尽き症候群」の経験などについて、詳しくお聞きしました。(聞き手・藤田勝、撮影・中山博敬)

重力変化への適応過程に伴う不調 経験した生物はわずか

  ――帰還後の宇宙飛行士に起きやすい不調とはどんなものがありますか。

 宇宙と地上、いろいろ違いがありますが、重力の有無が一番大きいです。環境が変わると人間の体はそれに順応する。その過程でいろいろな不調が起きます。例えば地上でも、海外旅行での時差による睡眠不足、高山病、最近話題の気圧変化による天気病、あとは単純に暑い、寒いとか、ありますね。人間の適応力は素晴らしいですが、環境変化が大きいほど不調と言われる状態は大きくなります。

 重力の変化については、過去40億年、それを経験した生物は非常に少ないのですが、よく知られるのが、宇宙に行った時の「宇宙酔い」や帰還後の「地球酔い」など、乗り物酔いのような症状です。睡眠障害や摂食障害もあります。

 また宇宙では、重たい頭蓋骨を支えている背骨が、重力がなくなることで伸びる感じになり、背中や腰、肩の痛みなどが出てきます。地上に戻れば逆のことが起きます。宇宙飛行は、こうした体験の繰り返しです。適応には必ず苦しみが伴うということですね。

打ち上げまでは周囲から上げ膳据え膳、でも無事に終わると…

[宇宙飛行士 野口聡一さん](上)フライト後の燃え尽き症候群はありがたいこと 不完全燃焼よりずっといい

著書「宇宙飛行士野口聡一の全仕事術」(世界文化社)。燃え尽き症候群の経験も語られている

  ――宇宙への出発前と帰還後で周りの状況も変わるそうですね。行くまでは手厚いサポートを受けられるけれど、帰還後はやや放っておかれる感じになるのでしょうか。

 私も実は、仲間の宇宙飛行士を送り出すときに同じことをしています。これから大変なミッションを迎える人たちには、万全の状態で行ってほしいと当然思います。だから、どんなわがままでも「これが必要だ」と言われたら、全部かなえてあげようと思います。

 でも一番危険な打ち上げが無事に終われば、そこでみんないったんガードを下げる。本人からすると、そこから宇宙旅行が始まるけれども、見守っている人からすると打ち上げが非常に大きなイベントなので、それが終わるとサーッと引く。その落差に、宇宙に行っている人は「あれ、行く前はすごくサポートしてくれたのに冷たいんじゃない」っていう感覚がどうしてもあると思うんです。

 私も、仲間の飛行士の打ち上げが終わると「あれ、今は誰が宇宙にいるんだっけ」みたいな感じになるので、それはお互いさまですが、どうしても、打ち上げまでは上げ膳据え膳でお殿様扱いなのに、宇宙に行って、そして帰還した後は「自分で頑張りなさい」っていう感じはあると思います。

何かを成し遂げた後の方向づけは普遍的な悩み

  ――フライトを終えた後は、燃え尽き症候群のような状態に?

 程度の差はあれ、毎回そうです。大きなことを成し遂げた後は、当然そういう時間が出てきます。それ自体は全然悪いことではないと引退会見でも言いました。燃え尽きること自体は、自分の燃料をまきに全部くべられるっていうことで、それはありがたいことです。いわゆる不完全燃焼より、ずっといいと思います。

 けれど一方、オリンピック選手などもそうだと思いますが、大きなイベントで自分の持っている能力を全部使った後、「次はどうするか」という方向づけに苦労するということだと思います。同じものは目標にはならないので、一つ成し遂げれば、もっと高いものを設定して、また走り始める。

 私の1回目の宇宙飛行は短期間だったので、2回目はもっと長くというのは非常にわかりやすい。例えば、日本一になったら次は世界一とか、銀メダルを取ったら次は金メダルというのもわかりやすいですが、じゃあ金メダルを取ったらどうするのか? あるいは精いっぱいやっても予選敗退だったら? というような悩みが、おそらく燃え尽き症候群というものだと思います。

  ――大きなミッションを成し遂げた後、次にどうするか、あらかじめ決まっている宇宙飛行士は少ない?

 それは私が東大で取り組んでいる当事者研究で扱っているテーマでもありますけど、おっしゃる通り、宇宙飛行士っていう職業自体、なれる枠が少ないですし、宇宙から帰ってきて次どうしようというのは、ごくごく少ない人にしか当てはまらない悩みですね。

 でも、例えばアスリートが5歳から競技を始めて、目標だったオリンピックに出た時、そこから次の目標を探す方がよっぽど大変ではないか、という話も聞きました。

 あるいは普通の会社員が定年退職するのも大きな喪失感があるはずです。40年間通った会社に「もう来なくていい」となり、使っていた名刺もメールも電話番号も使えなくなるときの寂りょう感や不安定感は、ばかにならないと思います。ですから、そういう燃え尽き症候群、何かが終わりを迎えた瞬間から新たな動機づけをしていく時の悩みというのは、宇宙飛行士に限らない、極めて普遍的な悩みだと思います。

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