鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療・健康・介護のコラム
重度障害の5歳男児が腸閉塞で命の危機 苦渋の両親「手術しない」…無表情だった子がポロポロ涙を
小児科外来に通院する5歳男児。仮死状態で生まれ、重度の知的障害、肢体不自由がある。自分で体を動かすことができず、言葉や表情での意思表示も難しい。食事は口からではなく、1歳の時に造設した胃ろうから栄養剤を注入していた。10歳の姉、40代の両親との4人暮らしで、訪問看護を利用しながら、母親が主に世話をしている。夜間や週末は、母親が休めるよう、父親が積極的に手伝っていた。
もともと腸機能が弱かったところ、腸 閉塞 をおこして入院した。主治医からは、「以前に受けたおなかの手術が原因で腸管が癒着して狭くなり、閉塞を起こした可能性がある。 絞扼 性イレウスという腸管の血流障害を起こしかけている可能性も否定できない。直ちに手術することを勧めます」との説明があった。両親は、「これまでいろいろな治療をしてきた。すごく大変な目に遭ってきた。こんなにがんばってきて、なお、ここで手術もしなくてはならないのか……」と話し始めた。そして、「病気になってしまったのは仕方がない。これ以上、大変なことを背負わせることは、私たちにはできない。手術はしない」と伝えた。
「手術しなければ数日で亡くなる可能性もある」と主治医
主治医は、「手術をしない場合、絞扼性イレウスを起こしていたら、腸管が 壊死 し、数日で亡くなる可能性もある。今の状況では、内科的治療では一時的な症状緩和しかできず、完全に治癒することはほぼないと思う」と説明した。それでも両親は「それも仕方がない」と言う。主治医も看護スタッフも、治すことが可能であるにもかかわらず、「手術をしない」という両親の意向に驚き、どうすべきか悩んだ。
男児は顔色が悪く、ぐったりとしていたが、痛く苦しそうな表情ではなかった。保存的治療として、チューブを入れて腸管内を減圧する方法と点滴を行った。看護の面では、腸につながったチューブから出る排液量の確認や点滴の管理だけでなく、訴えが見えづらい男児の体の変化を注意深く観察し、細かな変化を見落とさないようにした。
両親は男児が生まれたときから、大切に育てていた。主治医は何度か「いつ急変してもおかしくない」と話したが、両親の意思は変わらなかったため、「考えを尊重しよう」という思いになっていた。
このケースを話してくれたのは、男児が生まれてからずっと小児病棟でかかわってきた看護師でした。すでに別の部署に異動になっていましたが、小児病棟の主任看護師から男児の状態と両親の考えを聞き、いてもたってもいられず、毎日、仕事が終わると病室を訪ねていました。
看護師は、病室で両親とあいさつをすると、男児には「今日はどう? 昨日よりちょっと楽そうだね」「今日はおなかのあたりがしんどいんじゃない?」などと声を掛けました。男児に会いたくて、通い続けたそうです。両親とも、ひとしきり男児のことを話しました。何かを提案するためではなく、両親から流れ出る話を聞いていく。そんな気持ちで訪問していたそうです。
「これ以上、踏み込むことは難しい」とみんなが感じ
男児と両親にずっとかかわってきた病棟のスタッフたち全員が悩んでいました。主治医は両親の意向を尊重しようとしている。両親の決断は揺るぎそうもない。もう一度、考えるためのカンファレンスを開こうとか、何かを提案しようとか、そういった動きは起きませんでした。「これ以上、踏み込むことが難しい状況を、みんなが感じとっていた」と看護師は語ります。スタッフそれぞれが、男児にできることを最大限行い、日々のケアを丁寧にしていました。
通常、この看護師のように、当該病棟以外のスタッフが勤務外にかかわるのはあまりないことですし、推奨もされません。が、このケースでは、看護師が夕方、病棟にやってくると、病棟のスタッフも男児の状況を話したりしていたそうです。看護師は「奇妙な連帯感、チームワーク」と表現しました。
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