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ペットと暮らせる特養から 若山三千彦 

 かわいがってきた犬や猫と最期まで一緒に暮らしたい――。そんな願いをかなえてくれる全国的にも珍しい特別養護老人ホームが、神奈川県横須賀市の「さくらの里 山科」。そこで起きた人とペットの心温まるエピソードを、施設長の若山三千彦さんがつづります。

医療・健康・介護のコラム

文福の“看取り活動”に異変…入居者の逝去を直前まで“察知”できず、いきなり最期に寄り添う

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認知症を改善し、笑顔を引き出してくれた文福に看取られて

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顔をなめて新山さんとお別れをする文福

 新山さんの部屋では、娘さんが付き添っていました。「さくらの里山科」では現在、新型コロナ感染症の感染拡大予防のため、家族は部屋に入れません。しかし、看取り介護体制が始まったご入居者の家族だけは、部屋での付き添いを認めています。ですから、娘さんは毎日付き添うようになっていました。

 文福が部屋に入って行くと、娘さんは喜んでなでてくれました。触れ合うことが、張り詰めた気持ちを癒やしてくれたのだと思います。

 新山さん同様に、娘さんも、犬が大好きでした。コロナ前は、頻繁に面会に来られており、そのたびに文福たちをたっぷりかわいがってくれました。だから文福も娘さんのことが大好きです。

 この時も娘さんに大喜びで甘えていましたが、それは少しの間のことでした。文福は、娘さんから離れると、ベッドに上がり、新山さんの耳元をそっとなめたそうです。意識がない新山さんの表情が、かすかに緩んだように職員には見えました。そして、文福の慈しむようなまなざしを見て、職員は文福が逝去を察知していると確信したそうです。文福のことをよく知っている娘さんも、もしかしたらと覚悟を決められたそうです。

 その数時間後、新山さんは旅立ちました。とても穏やかなお顔で。

 新山さんは、犬が心底お好きな方でした。長年、犬を飼われてきたのですが、ご自身が高齢になった時、これ以上犬を飼ったら、自分に何かあった時に犬を不幸にしてしまうと考え、飼うことを諦めたそうです。それで、「さくらの里山科」の犬ユニットに入居すれば、もう一度、犬と一緒に暮らせると希望されたのです。だから文福たちを大変かわいがってくださいました。

 文福も入居者の中では新山さんのことがひときわ好きだったようです。逝去された新山さんのご遺体をホームに移動していただき、職員が焼香している時、文福はいつまでも新山さんのお顔をなめていました。こんなことは初めてでした。せっかく職員が施したお化粧がとれてしまうと心配だったのですが、娘さんは泣き笑いして喜んでくださいました。

 また、犬との暮らしは、新山さんご本人にも、とてもいい影響があったと思います。印象に残っているエピソードがあります。

 娘さんが面会に来て部屋で数時間過ごし、帰ろうとした時のことです。部屋の扉の前でにこやかに娘さんを送り出した新山さんが、ユニットの玄関まで娘さんを追いかけてきて、「私を捨てていくの?」と泣き叫んだのです。認知症の方が、いきなりひょう変してしまうことはよくあることです。どうしようと、おろおろする娘さんの所に、職員よりも早く駆け付けたのが文福です。文福が「ワフッ」と抱き付くと、新山さんは途端に満面の笑みを浮かべました。そのままにこやかに娘さんを送り出しました。文福の存在は、新山さんの認知症を改善し、何よりも笑顔を引き出していたのです。

 そんな文福に看取られて旅立たれた新山さんは、幸せだったに違いないと私たちは信じています。

 (若山三千彦 特別養護老人ホーム「さくらの里山科」施設長)

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若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

 社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長

 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取みといぬ文福ぶんぷく 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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