文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

急変し酸素のチューブを入れた68歳脳腫瘍患者 娘は「こんなふうになって」と…意識低下の前に必要だったこと

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

患者が目指しているゴールは何か

 看護師の報告を聞く限り、私は「患者さんが見えない」と感じました。当初、治療はうまくいっていたので、それが円滑に進むような看護師による支援はあったのでしょう。患者さんが望む治療を支援することは重要ですが、その示した意思の元になっている患者さんの思いや、目指しているゴールは何か、といったことを理解するアプローチが、看護師自身が語る通り、この事例には欠けていたと言えるでしょう。

 看護師には、さまざまなタイミングで、患者さんや家族と話をする時間があります。入院中であれば、ベッドサイドで、インフォームドコンセントの場面で、家族が面会に来たときなど。外来であれば、診察室や待合室で。患者さんは、いきなり自分の望みを語るわけではないかもしれません。日頃のかかわりから、日常会話から、自分のことを自然に話していくのだと思いますし、看護師も、そういう話ができるような雰囲気や環境づくりを日々していくものだと思います。

 また今回のケースでは、インフォームドコンセントの場に看護師が同席していませんでした。「積極的に関与していこうという意識が不足していた」と看護師は言っています。医師に手術の都合があってタイミングが合わず、同席できなかったのですが、「看護師が同席することが、患者ケアに重要である」ということを、医師に伝えられていなかったという反省が残っています。たとえ同席できなかったとしても、インフォームドコンセントの場で何が話されたのか、患者さんはどう発言したのかを知ること、記録から読み取れなければ、直接、医師から話を聞くことが、患者さん中心の看護ケアには不可欠だと言えるでしょう。また、こうした重要な話し合いの前には、患者や家族とコミュニケーションをとり、「どんなことを医師に伝えるべきか」を考えるための支援も、看護師にはできるでしょう。

看護は誰のために?

 急変時の指示を決める際も、医師と患者さんで話をしていたはずなのですが、その内容については記録されていませんでした。こちらも同様で、患者さんが示した「心肺蘇生をしない」といった意思の背景に、どんな思いや考え方があるのかを知ることが、看護ケアには必要となります。また、 嚥下(えんげ) 機能や意識状態の低下から腫瘍の増大を予測することもできたと考えられ、「医学的なアセスメントの知識も十分ではなかった」と、この看護師は言っています。そして、「患者さんの願いや目指すゴールを理解することなくしてケアは成り立たないことに改めて気づいた。脳神経疾患についての専門的なアセスメント力を身につけ、チームで情報を共有し、連携していかなければ」と話しています。 

 脳神経疾患の特徴に、意識障害が生じるため意思の疎通が難しくなることがあります。今回のケースでは、最後の数か月を除き、患者さんとのコミュニケーションは十分にできていたことから、疾患の特徴や見通しをふまえてアプローチしていくことの大切さがわかります。また、「『治療のための看護』しかしていなかった」という看護師の言葉から、「看護は誰のためにあるのか」ということも改めて考えさせられました。(鶴若麻理 聖路加国際大教授)

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

tsuruwaka-mari

鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)がある。

鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」の一覧を見る

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事